(三)加代と平太が諍うこと

加代が、はっ、とこちらを振り向いた。ねばついて汚らしくてかるその顔を、平太はまじまじと見た。

「いい顔じゃな、おねえ」平太は言った。「綺麗なものじゃ。イワオも……」見ると、役目を終えたイワオのそれは、すでに下腹の中に引っ込んでゆくところだった。「イワオも、凛々しい男ぶりじゃったな」

「……見て、いたのかぇ」加代はぽつりと言った。「見られて、おったのか。気がつかなんだ」

「見ておったとも」片手を戸口にそえて、平太は淡々と言葉をつむいだ。頭はからっぽになったようだったが、言葉はすらすらと流れ出た。「いい見ものじゃった。じつの姉と馬が、な。いい見ものじゃったとも」

「言わんでくれ、平太」泣きそうな顔で加代は嘆願した。嘆願する唇と舌は、馬の精でまだ汚れていた。

「なんの、たっぷり言わせてもらうぞ、おねえ」平太はなげやりに言った。「あんないいものを見せてもろうたのじゃ、礼の一つも言わんとな」おねえの顔も、唇も、そして柔こい乳房も、イワオの放ったもので汚れ、ねばついている。「まったく、滅多に見られんものを見てしまったわ。畜生のものに乳房を嬲らせて、な。『堪能しておくれ』と、な。」

「言わねば、すまぬのかぇ、平太」加代は目を伏せ、身を揉むようにして言った。

「あげく、その畜生のものを舐めて、口に入れて……口に入れて、舌をつかっておったじゃろ。どうじゃ、おねえ、舌を使わなんだか。どうじゃ、言うてみい。おねえは畜生のものをしゃぶって、舌まで使ったろ」

「使った」絞り出すように加代が答えた。「イワオのをしゃぶったわい。しゃぶって、舌も使ったわい」

「そうともさ、イワオの、馬のあれをな。おねえのその口で、馬畜生のものをくわえてな。しかもくわえただけで足りずに、口の中で舌を使うておったじゃろ。畜生をそこまでして歓ばそうとしおってからに」

弟の言葉には、滲むような悪意がこもっていた。これがいつもと同じ平太とは思えないほどだった。加代は何も言えず、言葉の責めを受けた。

「けものの磨羅なんぞしゃぶりおって、口が汚れるとは思わなんだのか? そんなに馬を愉しませてやりたかったのか? 身を堕としてまでも、馬畜生に愉しんでもらいたかったのか? 畜生以下のあばずれ女じゃな」

「あばずれだから、どうだというんじゃ」加代のほうもなにやら自棄になったような、開き直ったような風だった。「たしかに、わしはこの口でお馬のあれをくわえたわい。馬畜生を歓ばしたろうと、おのが口を使うたわい。口でくわえて、きゅっと締めて、中にある先っぽを舌でてろりてろりと舐めて差し上げ申した。お馬に歓んでもらうためじゃ。わしのお口と舌で、お馬さまに歓んでもらおうと思うたのじゃ」

「馬を相手に、あさましいことよ。おねえは人か? それとも種馬をその気にさせるための発情した牝馬か? いやいや、俺もまさか実の姉が、畜生ごときにご奉仕めさる仕事をしておるとは、気づかなんだ」

「イワオは、精が溜まりすぎておったのじゃ。放たせてやらねばならんかったのじゃ。だから、だからおねえは……ご奉仕と言うなら言ってもよい。イワオのために、おねえはご奉仕せねばならんかったのじゃ」

「それで顔は精まみれか。お馬のはどんな味じゃった、おねえ。美味かったか。馬畜生の出したものをでろでろと顔やら口やらにぶちかけられて、舐めて、美味かったか、おねえ」

「ああ、美味かったわい」加代は叩きつけるように言った。はずみで、ぽろりと泪がこぼれ落ちた。「見ておったんじゃろ、平太。聞くほどのことか。わしはこの口で、イワオのあの大きなのをしゃぶったわい。吸ったわい。イワオが精を出しそうだと思うと、唇で吸おうとしたわい。見ておったじゃろ。唇どころか顔から胸から、ほれ、見やれ、イワオの精が滴っておるわ。イワオの精を顔に受けただけでは足りずに、口をひらいて、舌を出して、喉の奥まで注いでもろうたわい。おまえが見たとおりのことよ。そうとも、顔中に畜生の精を浴びせられて、喉の奥まで注いでもらおうたわい。その畜生の精を、ありがたくいただいたわい。イワオやもっと注いでおくれと、思うたわい。イワオの精は、熱くて、とろりとして、葛湯のように美味かったぞ。いかんかぇ」

「そんなに美味かったか、おねえ。まるで話に聞く遊女のようだったぞ。馬相手にな、俺のおねえはこともあろうに、馬を相手に遊女のようじゃったわ」

「遊女でもよいわ。イワオのためじゃ」加代はふん、と平太を一瞥した。「遊女がどうした。そんなに言うなら、平太、おまえのそれはなんじゃ。ふんどしの中で、ずんと突っ立っておるおまえのそれは」

「む……」おねえの言うとおり、平太の男は、いつの間にやら猛々しく勃起していた。雨でずぶぬれになった野良着が足腰にぺったり貼りついているせいで、平太の股間はいやでも目立って見えた。

◆ ◆ ◆

「おまえ、おねえがイワオを口で歓ばすのをみて、そんなになったのか。おねえが遊女のようにしているのが、そんなに面白かったのか。実の姉が馬と乳くりあうさまが、おねえが馬畜生にこんなに汚されるさまが、そんなによいものだったか」おのが身を苛むような言葉を、加代はつぎつぎと投げつけた「おもしろい見ものだったじゃろ、平太。おねえはイワオのために、畜生のように手足をついて、口と舌で淫らなことをやっておったぞ。平太が見たいなら、またやってもよいぞ。簡単なことじゃ。平太も喜んでくれるなら、何度でも見せてやるわい。たった一人の弟のためじゃ、おまえの男を勃たせるために、おねえはお馬を相手に遊女をするぞ」

「おねえ……」平太は言葉もなかった。ただ、股間の熱さと左足の痛みだけが邪魔だった。

「おまえが言いだしたことじゃろが、平太」加代はさめざめと泣いた。そして、言った。「イワオはなぁ、イワオは、……そろそろ嫁を取らねばならんかったのじゃ。もう大人になって大分たつんじゃろ。イワオに、種を出させてやらねばならんかったのじゃ。イワオがこのところ気が立っておったのは、そのせいじゃ。けど、この辺りにはよい雌馬もおらん。いずれはちゃんとした相手を探すとしても、とりあえずは溜まった精を出さねばならん。だから、おねえがやったのじゃ。それとも、平太に隠れてやったのは、悪かったかぇ」

「悪いとは言わん。しかし、しかし……」

「今度からは、平太に隠さず、見てもらいながらやる。いいじゃろ、それで」

「いや、隠さないとかそういうことを言っておるわけでは……」

「おねえは、平太に見ていて欲しいのじゃ。平太は、おねえのこと、見るのも嫌いになったのかえ?」

「嫌いと言うのではなく……」頭の中がぐるぐると渦を巻くようだった。

「それに、これはイワオのためにすることじゃ。イワオの気が立っておっては、平太だって困るじゃろう。イワオのために……おねえの身体で精を出してもらうのじゃ。仕方なかろう、平太?」

「しかし、おねえ。おねえのほうも随分と、楽しそうだったが……」なんとか言葉を割りこませて、平太は言った。

加代は黙り込んでしまった。

平太はなおも言った。「そうじゃろ、おねえ。イワオのことはその通りかもしれんが、おねえも、あれを楽しんでおったじゃろ」

「おまえだって、楽しんだんじゃろうが、平太。まあだ、勃っておるわ」

「そうじゃな。そうなるじゃろうな」平太は言った。「イワオも楽しんだ。おねえも楽しんだ。俺も楽しんだ。みんな楽しんだと、いうことか。イワオはおねえに気持ちよくしてもらって、おねえはイワオのを存分に味わって、俺は、おねえとイワオのその有り様を見て、な」もう、何がなんだか、わからなくなってきた。たしかに、おっ勃ててしまったのは事実だが……おねえがイワオの精を出させてやったからといって、誰が損したというわけでもない。だが……しかし……。

「せねばならぬから、というだけでも無いが、な」加代はぽつりと言った。

「じゃあ、なんだと言うんじゃ」また火だねが燃え上がりそうな気配に、ややうんざりして、平太は言った。

「わしは、イワオが歓んでくれるのが、嬉しかったんじゃ」加代はぽつぽつと言葉を紡いだ。自分でも考えたことのなかった本音を、この場で言葉にしようとしているようだった。「イワオが歓んでくれて、その証しをわしに注いでくれるのが、嬉しかったんじゃ。わしのちちで、わしの唇や舌で、イワオがこんなにも歓んでくれるのが……、わしがつくすほどに、イワオがあんなにも精を放ってくれるのが、なにやら……わしも、おなごの本懐を遂げたようで、嬉しかったのじゃ」

「おなごの……ええい、それなら、人の男を相手にやればいいじゃろうに」

「イワオのが、いい」

「むう……人よりも、馬のイワオのほうが、よいのか」

「いい」加代は言い切った。「それに、人の男につくしても、イワオの精を放つわけにはいかん」

「まあ、それはそうじゃが。イワオのほうが上か」

「上じゃ」

「人より、馬のほうが……?」

「イワオは、いい男じゃ」

「いい男か、イワオが。……馬じゃが」

「馬でも、いい男じゃ!!」決めつけるように、加代は言った。そして、付け加えた。「馬だからかも、知れん」顔が赤かった。

「それは……」平太は絶句した。「まあ、おねえがそう思うのなら、そうなのか、なあ」聞くともなしに聞いていた雨の音が、小降りになってきたようだった。平太は少し考えて、言った。「でもなあ、イワオに嫁が来たら、どうする。いずれそうせんと、いかんのじゃろ」

「その時は……」加代はいっとき言いよどんで、それから振り切るように言った。「それでもいいわい、その時は」

「それでもいいって……、どういいと言うんじゃ」

「どうでもいいわい」

「どうでもよくは……ううむ……どうでもよくは、ないぞ、おねえ」平太はおねえの顔を見た。イワオの精は、すでに乾いて硬くなりはじめていた。「おねえ、顔洗ってこい。俺も、ちょっと」いてて、と平太は左足をかばいながら、板の間へ腰を上げた。それで初めて平太の泥まみれの様子に気が回ったのか、加代は、あれまあと言いながら平太に駆け寄ってきた。イワオの出したもので汚れきったおねえの顔を間近に見て、平太はまた股間が熱くなるのを覚えた。



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