【第三話】蕗(ふき)の葉の君


むかし女(むすめ)ありけり。ちちははもなく住みおらば山に入りて蕗(ふき)をとりて糧(かて)にかへり。辻にもちゆきて人にもとむるに糧(かて)にかへんとするも、ひとりにては採るものとてすくなくして、ひもじく住みおりたり。

女、人のもとむるを得んとして、蕗(ふき)の太きなるをもとむるに、山の深きまでわけ入りたる。人とて獣とてたち入らざる奥深きにありて採りたるも、糧をもとむるに猶おほくとて蕗(ふき)折りとりける。さればとて駕籠(かご)もなき身なれば蕗(ふき)の太きを持つにもすくなくして、糧(かて)を得るすべもなしとて蕗(ふき)うちすてて嘆きぬる。女の見れば蕗(ふき)の葉わけて馬のあゆみ出づるなり。牽くものとてあらざれば馬ひとりにてあらむとおぼして、背に蕗(ふき)盛りて山より出づ。蕗(ふき)の太きとも若きは珍かとておほく糧を得たり。

さればとて、また山に入りて蕗(ふき)の太きをもとむれば、馬のよく懐きたりて、背に乗らせたまひてゆくなり。女、想ふひととてなかりせば、糧を得るもこの馬のあればなりと、我が身をあずけんとす。やがて蕗(ふき)のおほくしげれるを見るに、高きは肩もおほひぬるほどなれば、これやよしと言ひて馬よりおりて叢(くさむら)に入りたり。人の見ればあやしふとも蕗(ふき)の葉の陰なるは人も獣も見えざりしとて、蕗(ふき)の下にて衣とき、馬のみては蕗(ふき)の上よりかぶさりて、折り伏したる蕗(ふき)をふしどにもとめては、契りかわさむとす。蕗(ふき)の太きも馬ほどにはあらじ。女、足ひらくともただ祈るがごときにありしが、まじわらざれば契りにあらざりとこころして、みづから腰あぐれば馬の腹にそひゆきて、我が身も蕗(ふき)の葉わけひらきしを、馬のなほ蕗(ふき)を折るがごときにすすみ入りたり。堪へがたきとて女の逃ぐるに、交わりし蕗(ふき)の葉もつつみとくる。さて落ちぬ茎のあはれなり。

ひとたびにては交わりしとても契りかわすを得ざるに、日の明くるをまちて、女、またも馬と山に入りける。また蕗(ふき)のおほきをさがして、葉の陰にて人も獣もなくして契りもとめける。

馬のひとがましきは、声も上げずただしづかに立ちおりて、女のかしづくままにて契るさまなり。日のかくれてやがて雨水にて背を撃つなりとも、契りおわるを待ちて立ちおりける。女、交わりつともつひに雨は音のみにて、目にも見ず、手にもあたらざりけり。まさに庵にあるがごとくなれば、なほのことかの馬こそはと思ひて、なほ腰のおして身をつらぬかせかしづくる。蕗(ふき)の葉、おしてわけ、ひらきにひらきつ、愛おしかりければこの身を蕗(ふき)の葉の君に契りささげんと女の言ふなり。

女の身のささぐるを取りて、はや蕗(ふき)の葉のうちに馬の身あらむ。もはや今こそと女のもとむるに、馬より身のうちにかへし出だしける。つひに契るなり。

馬のかへすもおほければ、蕗(ふき)のふしどに雨水の及ばざりけるも、女の腰をおろさんとするに雨水のごとくなりける。さればとて雲の行きかたをさだめて、いまひとたび雨なるを待ちて居るなり。雨にて山を出づれば、すでに女の身のうちにのみ契りのかへしの残りけるなり。

馬のともにありしときより、必ずひもじからずとて、これよりは女、山に入ればかならず馬に身をささげ契りける。またかならず蕗(ふき)の深きをもとむるなり。

としつきの過ぐるに、女、馬の太きにも合はむ。またおほく契りたれば、馬もなほ太くなりぬる。女、やうやう馬に合ふなれば、山に入るはすでにして蕗(ふき)のためにあらず、馬をもとむるがためなり。女、なほなほ馬のよろこばむとて、なほなほ深く契らんとするなり。また契りおるときのなほながくあらんと、馬の背に縄をふたつ、みっつ輪にかけおき、腹の下にて輪にさがりおれば、山にありて馬のあゆむうちにも交わらんとす。輪のうちなる女のさま、墨流しの髪ふりちらし、声(こへ)しぼりて、腰のゆきくるは蕗(ふき)の葉の風に伏しては起きるがごときなる。馬もさて深かりしければ、腰より内より馬にて持ちあぐる。あゆみもとめず、ひとたびならず契りかへし受けぬるに、ひとたびなりと契りのとだえざりける。

すでにして糧(かて)より馬のみをもとめけむ。

なほとしつきの過ぐれば、女、つひには身のうちならずとも契りかへしにて身をあらたむるを思ひけむ。さればとて、山に入るに、女、馬の背に輪をかけざりしまま入りける。蕗(ふき)の深きを得て衣ときぬれば、はや馬は立ちて下げいるなり。蕗(ふき)の葉の広きものあり。女、この蕗(ふき)折り採れば、馬の顔ほどにも広きなるを、葉を閉じ折りて盃となしける。女、馬にては我が身の蕗(ふき)の葉にあらず、手にて口にてかしづけり。かへし出づれば蕗(ふき)の盃にてとくとく受けたまふ。その粥のごときを口にても舌にてもためしあらたむるに、猶もどかしうなれば、つひにはみづから盃に顔ふせ、蕗(ふき)の盃おしあてて己が身に受けぬる。

日のかたぶきて月の出づるとも、女、なほ山にありて、馬と契りまじわるなり。

ひとたびならずとて契りかへし受くるなれば、身のうちならず外にても、乳に受くるなりては、さらに背に受けりける。尻に受くるなりては、顔に受けりける。身のうちにて契りかへし受くるなれば、受くるままに腰あげ押して馬の腰もとまでをもとめける。蕗(ふき)の葉の君こそ我が背の君なりと言ひて、なほ人の見るを避くるをこそうとまし。この身は蕗(ふき)の葉の君に契りささげしものなれば、人の世にかへらざりとてもよしとて、なほ馬をよろこばせんとするなり。

もとはただ蕗(ふき)にて糧をもとむるにありしが、と天地の怒りせば、山のうへより風のはげしく押しおろすに、女、契りつあれども馬よりさりぬる。さればとて見るに、蕗(ふき)の葉の陰にすでに馬の身にはあらざりける。人の男にてありぬるなり。風のおそろしげなるより天地の言ふなり。はや蕗(ふき)もとめざりければ、山にありてはなるまじ。されど馬にしてなほその身を契りささぐるほどなれば、縁(えにし)をさくるもあはれなるに、人の身にてともにゆかせむ。ともに人なれば、人の見るを避くることもなきにて、もはや山に入らずとも里にてめおとになりて契るなるべし。

女、馬の太きなればこそ、かほどに契りて身をささぐるなるをとて、はや我が身をはかなくなりぬ。さればただ男のみ残れり。

男、もとより人の身にあらざるなれば、ひとりにては世にあるさまを知らず。草をはみぬるも、口に入らざるなり。ただ蕗(ふき)のみにて、日を過ごすなり。日に日にひもじくなりぬ。

女と馬のかへらぬを知りて、山に入る人あるなり。人、男のいとひもじうさまを見るも知らぬ人なれば、背に負ひ、寺をもとめてやしなひたり。名を問ふも、もとは馬なれば言ふべき名もあらず。ただ、蕗(ふき)の葉とのみ答ふるなり。さればみな、かの男を叢蕗君と呼ばわるなり。



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