【第3弾 2002/07/28】ロボットバトル/目覚めよ!! 機甲天使アテナEX


転倒してしまったアテナEXの機体を、とっさに横転させ、鹿乃(たかめ かの。17歳。獣合女学園高等部2年C組。地球の平和は、あたしが守る!!)はかろうじて敵の攻撃をかわした。

激しすぎる機動と強烈な衝撃の連続で、アテナEXの機体は悲鳴をあげている。女性をモチーフにした流麗なシルエットは今や戦塵にまみれ、ボディのいたるところに戦闘の傷がきざまれている。

「ジェネレータ負荷、250%。左腕シールド接合部、破損。シールド廃棄。損傷部修復……ジェネレータ出力不足のため、自動修復機能を抑制しています」

アテナEXの統合コンピュータには感情などないはずだが、合成音声にせっぱつまったものを感じたのは、気のせいだろうか。シールドを失ったことにより、アテナEXの追加武装はすべて失われた。残っているのは、本体組み込みの貧弱なパルスレーザーと、アテナEXそれ自体……すなわち、機体そのものを使用した格闘戦が可能なだけだ。

しかし、この恐ろしく敏捷な獣機動メカを相手に、瞬間的な判断と反応が要求される格闘戦で、はたして勝利できるものだろうか。鹿乃は唇を噛んだ。

攻撃をかわされた敵の犬型獣機動メカ『ハウンドドッグ』は、半身を起こしたままのアテナEXへの攻撃を見合わせ、間合いを取り直すと、低い姿勢から次の攻撃のチャンスを窺っている。不用意に立ちあがれば、その瞬間に隙ができる。そこを狙うつもりなのかも知れなかった。

「パイロット・シート展開。フルボディ・ユニット接合」鹿乃は覚悟をきめた。どのみち、この状態で闘うには格闘戦しかないのだ。操縦席がリクライニングし、足下からぬっとせり上がってきたパネルが胴体に覆いかぶさってくる。きゅっ、とウェストと股間が締めつけられる感覚は、胴体部ユニットが定位置にロックした証拠だ。

「高雌くん!! 何をする気だ!!」指揮車両から遠隔モニタリングしている犬持博士だった。アテナEXの状態は、指揮車両でもほぼリアルタイムで把握できる。

「格闘戦をやってみます、博士」鹿乃は答えた。「通常操作では不利なので、神経接合/エモーショナル・コントロールに移行します」胴体に続いて両腕と両脚がユニットに包まれ、頭部ユニットが降りてくる。

「それは危険だ!! 神経接合はまだ実験段階だぞ。君の心身への負担も大きすぎる。万一、機体が破損したら、君へのフィードバックは……」

「通信チャンネル、閉じます。アテナEX、通常操作コンソール閉鎖。音声/画像レポート機能停止。エモーショナル・コントロール……ジャックイン!!」

いったん暗くなった視野が、ふたたび明るくなる。鹿乃の目に映るのは、もはや操縦席のメインスクリーンではなく、アテナEXの視野そのものだ。手を握り、ひらく。アテナEXの機体は、既に鹿乃自身とダイレクトにつながっていた。

「いくわよ。覚悟は、いいわね?」

『ハウンドドッグ』を視界の中心にとらえつつ、鹿乃は慎重に機体を立ちあがらせた。下腹部が重く、痺れたような感じがある。アテナEXの活動エネルギーを供給する次元超越粒子ジェネレータが、そこにあるのだ。度重なる負荷に苛められ、疲れ切っているようだ。体中に疼くような痛みがあるのは、これまでの戦いでできた機体の傷のせいだろう。右手首は激痛のあまり、動かすこともできない。『ハウンドドッグ』の牙で砕かれたきり、修復できていないのだ。

おもわず右手を押さえたその動きを、『ハウンドドッグ』は見逃さなかった。

稲妻のような敏捷さでアテナEXの死角へ、そして機体の喉元へと飛び込んでくる。

「くうっ!!」

瞬間的に機体をひねり、鹿乃は『ハウンドドッグ』の牙を避けた。同時に、左手を下から突き上げる。装甲の薄そうな腹部に当たれば、ダメージは大きい。が、『ハウンドドッグ』は空中で身をよじり、それをかわしてのけた。

「なんて奴……ああっ!!」

着地した瞬間に体を反転させた『ハウンドドッグ』は、背後からアテナEXの両脚のあいだに駆け込むと、足首を顎にはさみこんで一気に機体を引きずり倒した。

「しまった……!!」

ふたたび倒れたアテナEXを、『ハウンドドッグ』は今度は見逃さなかった。仰向けになった機体の肩にがっしと両前脚を乗せ、身動きを封じる。同時に腰を両脚の間に割りこませて、胴体の下からの攻撃を避ける位置をとった。開いた牙の間に、不気味なスパークが散る。まずい。

とっさに左手を振って『ハウンドドッグ』の頭部を狙ったが、肩を押さえられているせいで思うように攻撃できない。敵の機体は両脚のあいだにあるため、蹴りを使うこともできない。

「パルスレーザー!!」

アテナEXの両眼から、霧のようにきらめくレーザーの雨が放出された。低出力ながら広範囲にばらまかれたレーザーの針が、『ハウンドドッグ』に浴びせかけられる。致命傷にはならないだろうが、威嚇には充分だ。

『ハウンドドッグ』は狙いを変えた。牙による攻撃を断念すると、腰部ユニットから超振動ブレードを送り出す。

緋色の輝きとともに超振動ブレードを起動すると、『ハウンドドッグ』はゆっくりと腰を沈めていった。

「だ、だめ!! やめて……あぁっ!!」

熱された鉄の棒がバターを溶かすように、超振動ブレードはアテナEXの股間にずぶりと突き刺さった。脈打つ熱い何かが体内に侵入してくるのを、鹿乃は感じた。

「あっ……う、くぅ……っ!!」

身をのけぞらせ、鹿乃はその感覚に耐えた。肉を押しひらき、子宮に向かって突き進んでくるその感覚は、女として初めての経験だった。

「だめよ……お願い、それ以上は……あ……だめぇ!!」

もし超振動ブレードがそのまま次元超越粒子ジェネレータに到達すれば、アテナEXは活動不能になりかねない。鹿乃は必死で身をよじり、腰をくねらせて侵入を拒もうとした。そのたびに突き上げ、あるいはこすり下ろす感覚が腰の中で生じ、鹿乃は歯を食いしばった。どうにかなってしまいそうだった。

「こ、これ以上、好きにさせるもんですか……」

鹿乃は息を溜めると、渾身の力を振りしぼって機体を横に転がした。『ハウンドドッグ』を機体の上からどかせば、とりあえず危機は脱することができる……。

放り出された『ハウンドドッグ』は、しかしそう簡単にはあきらめなかった。超振動ブレードによる攻撃を続行するため、体の向きを反対に向け、四つん這いになったアテナEXの股間に腰部を強く押しあてる。お互いに腰をすりつけあう形になった両者の間で、超振動ブレードがさらに深くアテナEXの内部へと没入していく。

「あ、あぁーーーっ!!」

機体を大地につっぷして、鹿乃は悶えた。突き入れられた一物が、体内のもっとも深い部分に到達しようとしている。

その瞬間。

『ハウンドドッグ』の機体が、びくり、と震えた。

「あ……あぁ……ん」

奔流のように脈打つ何かが、『ハウンドドッグ』からアテナEXの内部に流れ込んでくる。どくどくと脈打つそれは、しかし『ハウンドドッグ』にとっても未知の体験らしかった。次元超越粒子ジェネレータにかすかに触れた超振動ブレードから、ねっとりと熱いものが注ぎこまれ、内部を満たしてゆく。子宮が熱くなるのを、鹿乃は感じた。

長い時間が過ぎたようだった。

「……くん!! 高雌くん……!! しっかりしろ!!」

犬持博士が呼んでいる。

「もう30分近く経つぞ……おい、高雌くん、応答してくれ!! 大丈夫なのか?」

操縦者からの入力がとぎれたために、アテナEXの統合コンピュータは指揮車両にリモート・コントロールを渡したらしかった。いつの間にか神経接続が解除され、操縦席は通常操縦モードに復帰している。

「あ……だ、大丈夫です……博士」全身がぐったりと脱力して、はっきりした声が出せない。

「おお……無事か、高雌くん?」犬持博士の声が、安堵に包まれた。

「て、敵は……?」

「『ハウンドドッグ』は、機能を停止している。どうやら全エネルギーを放出しきったようだ」

「え?」

「敵の武器がアテナEXの次元超越粒子ジェネレータに接触したとき、敵の活動エネルギーをこちらのジェネレータが吸い取ってしまったらしい」まるで実験の結果を報告するような調子で、犬持博士は解説した。「推測に過ぎないが、他に考えられん。敵は全エネルギーを失って、活動を停止した。我々の、勝利だ」

機体を振り返らせて見てみると、『ハウンドドッグ』は地面にうずくまったまま、機能を停止していた。その股間からは、輝きを失った超振動ブレードがだらりと垂れ下がっている。

アテナEXの機体を立ちあがらせると、両脚の間から、損傷したパイプから洩れたらしいオイルが滴った。

「どうやら、敵にとって次元超越粒子ジェネレータは、ブラックホールみたいな代物らしいな」犬持博士が言っている。「だが、これを上手く利用すれば、戦いをこちらの有利にできるぞ。敵の武器をなんとかして次元超越粒子ジェネレータに接触させられれば……」

ひとつの戦いは、終わった。だがまだ獣機帝国の野望が潰えたわけではない。新たな戦いの予感に、鹿乃は胸の中で熱いものが燃え上がるのを感じた。

次回「グレートホースの脅威!!」へつづく……



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