【第5話】第5話


「はい、ご挨拶ー」

「はい、回って回って〜、もっともっと、ケンタ君も、ほらほら、もっと回って〜、はい、これがホントの猿回し〜」

「こらケンタ、どこいくのぉ。こっち見てこっち見て」

穴交町名物けっこう猿軍団センターのオープンステージでは、斎藤琴美の午後の興業が行われていた。

美人猿回し師・斉藤琴実の猿回しは、センター屈指の呼び物だ。タレントにしたいくらいの整った容姿に、けっこう猿軍団センターの白いロゴ入りTシャツでも引き立つ、モデルのようなスタイルの良さ。ことに舞台衣装の白いミニスカート姿は、NHKのお姉さんのような健康的な色気を醸し、観客を魅了した。のみならず、猿回し師としての技量も申し分なく、猿達を自在に操りつつ、舞台を沸かせるその仕事ぶりは、容姿に助けられる必要もなく、卓越したものだった。

だがその日、オープンステージを取り囲む観客はまばらだった。

否、その日だけではない。

夏休みだというのに、けっこう猿軍団センターの興業はここの所、連日閑散としたものだった。それというのも、穴交町の猿が人間を襲った、という事件があっちこっちで起こっていたからだ。

具体的に猿がどのように人間を襲ったかは、公には明らかにされていない。だが、女の子が猿にレイプされたらしいという噂は、半ば都市伝説的な信憑性と胡散臭さをともなって町中に、否、日本中に広まっていた。

保健所の職員が臨時に増員され、警察の協力も仰いで、大規模な猿の捕獲、締め出しが行われた。町のあちこちに見られた猿は、今はもう、ほとんど見当たらない。

市当局による安全宣言が出され、猿が人間をレイプした等の噂についても、テレビで専門家が「そんな事はあり得ない。故にデマであるので、見識のある人は惑わされぬよう」という見解を述べてくれた。おかげで、多少観光客も戻ってきつつあったが、総じて町の観光収入は激減していた。

けっこう猿軍団センターなどは、これでもまだ人を集めてる方なのだ。今やこの穴交町で猿を見ようと思えば、けっこう猿軍団センターにくるしかない。

しかしだからといって、手を抜くような琴美ではなかった。ステージに上がった時には、芝生に散らばる観客の少なさに、正直落胆を感じずにはいられなかったが、すぐに気持ちを切り替え、お客さんを呼び戻す為にもより一層がんばろうと演技に熱を込めていった。

「さてお次は〜」

と観客の注目を集める為に片手を上げた時だった。背中にケンタが飛び乗ってきて、上げた右腕の脇から手を伸ばしてきた。

「きゃあ!」

猿独特の細長い指が、Tシャツの上から胸の豊かな膨らみを触り出す。一瞬パニックに陥った。だが客が目の前にいる。ここで取り乱すわけにはいかない、という意識が働いた。

「こ、こら。なにするの、このエロ猿!やめなさい」

言いながら、胸を掴むケンタの手を引き剥がそうとする。琴美の緊迫感のない様子から、ショーの一部か、もしくはちょっとしたラッキーなハプニング、といった雰囲気になり、観客はドッと笑った。

だが、ケンタの手は離れない。このままショーの一部としてやり過ごそうと、内面の焦りを隠しながら琴美が四苦八苦している所へ、今度はストッキングに包まれたその美脚に、別の猿が取り付いた。

「きゃんっ、なに?」

片脚に抱きついて、スニーカーの足の上に尻を降ろし、臑に熱い堅い物を盛んに押し付けてくる。何だろうと琴美は思わず目をやり、それを目にする一瞬前に、それが何か気付いた。

激しく屹立した、猿の男根だ。

猿回し師なのだから猿の生態も一通り知っており、アイブザル達がどういう風に交尾するかも何度も目にして知っていた。しかし、臨戦態勢にあるそれに直に触った事はない。それを、ストッキング越しに擦り付けられていたのだった。

アイブザル独特のいやらしい交尾シーンが脳裏を走り抜ける。おぞましさが背筋を駆け登ってきた。

「ひゃああ、だめぇ」

脚を持ち上げて振りほどこうとした。が、ほとんど持ち上がらない。反射的に琴美は、もう片方の自由な方の脚で蹴り落とそうとしていた。だがその脚にも、更に別の猿の手が掛かって、琴美はバランスを崩した。

「きゃひんっ」

奇妙な悲鳴を上げて尻餅をつき、仰向けに倒れる。足を琴美の腰に回して背中に張り付いていたケンタが背中の下敷きになった。琴美の首が衝撃で後ろに折れ曲がってくるのを、ケンタが自らの頬を押し当てて防ぐ。そうしながらケンタは、そんな事など意にも解さないといった風に、相変わらず琴美の胸を揉んだり撫で摩ったりしていた。

いや、琴美の注意が反れた分、むしろ余計にエスカレートしている。今や右からと左からと、両方から手を前に回してきて、乳房の変形するのが服の上からでもはっきりとわかるほど激しく揉み回していた。

ブラジャーと服の上から乳首の場所を探っていたかと思ったら、Tシャツの袖の隙間から手を忍び込ませ、ブラジャーの内側にまで侵入させる。

「ひん、や、やめっ、ケ、ケンタ!」

乳首を直接つままれ、もはや琴美にも焦りを押さえ付ける余裕はなかった。

観客もさすがに様子がおかしいとザワつきだす。人々の脳裏に浮かんでいたのは、ここの所ニュースとなって度々報道され、淫靡な噂にもなっていた、穴交町の猿の暴行事件であった。

猿が人間の女の子をレイプするという、あの事件だ。

それでも、まさかという気持ちもあって、答えを出しかねている様子だった。

まさか自分の目の前で

まさかあの有名な猿回し師の斎藤琴美が

まさかセンターの猿達に

まさか、まさか、まさか・・・

オープンステージには、緞帳(どんちょう)というものは設置されていなかった。緊急事態になった舞台にスタッフの男たちが次々と登ってくる。手に手に猿除け棒やモップなどを持っていた。本来ならもう少し威力のある武器を持ってくる所なのだろうが、センターの猿が暴れたという事は設立以来かつてなく、あいにく猿を取り押さえる為という理由でそのような道具を購入した事はなかったのだ。もしかしたら設立当時に何か買っていたかもしれないが、使った事がなければ、そんなものがどこに片付けてあるのか、誰も知らない。

スタッフの一人が威嚇の為に棒を振り上げた。猿達が一瞬怯む。だがケンタだけは違った。

「僕に任せて、みんなは続けててよ!」

アイブザル語で言い放ち、パッと琴美から離れて猿除け棒に飛び掛かった。

「ひー!」

棒を振り上げたスタッフが、驚いて棒を差し出す。飛び掛かってきた猿――ケンタを殴りつけたつもりだったが、咄嗟の事で呼吸が合わなかったのだ。それと、普段から慣れ親しんでいて情も移っているケンタを、棒で殴りつける、その事に対する無意識の躊躇が、力の入らない軌跡を描いてヘロヘロと前に差し出すような形になった、という事もあった。

片やケンタの動きには躊躇がなかった。棒を躱しざま、腕を蛇のようにくねらせてその棒に巻き付け、肘を折って顔面にその肘を叩きつけた。叩きつけられた本人にも周囲の人間にも、何が起こったかわからない。ただ、男の手にしていた猿除け棒が弾け飛び、男の方は顔面を押さえてのたうち回っていた。

会場から恐怖を訴える悲鳴が上がり、取り囲むスタッフ達の間からは狼狽の色が消え、ステージの上がさーっと殺気を孕んだ畏怖の色に塗り替えられる。

突如、会場各所に設置されたアナウンス用のスピーカーが、ガーピーという異音をたて始めた。

「緊急事態につき、本日の興業は中止とさせていただきます。係員が誘導いたしますので、落ち着いて、速やかに非難してください。ご来場の皆様。本日は、誠にご迷惑おかけ致します。緊急事態につき、本日の興業は中止とさせていただきます。係員が誘導いたしますので・・・」

人の波、というほどの来場者数ではない。それでも、一気に出口へと向かう人垣の流れは、殺到と言って良いほどの勢いがあった。

出口は二か所しかない。

オープンステージのある野外会場は、北と西を三階建ての本館と、工場のように屋根の高い猿舎の壁に挟まれ、東と南の二方をコンクリートの壁で囲まれていた。観客はその二方に設(しつら)えられた二つのゲートから出入りするようになっているのだ。しかもそのゲートも、あまり大きくはない。

スタッフが誘導の赤い旗を振り回していた。



「きゃああっ!」

琴美の一際甲高い悲鳴が上がった。琴美のピンマイクからの回線は既に切られていて、スピーカーは非常アナウンス用に切り替えられている。それでも、舞台近くに陣取っていた熱烈な琴美ファン達の足を止めるのには十分だった。

振り返ればそこに、彼らが夢想にさえしなかった淫靡なシチュエーションが展開していた。

「いやっ、だ、めぇー!あ、くっ」

仰向けにされた琴美の上に、猿が馬乗りになっている。そして、Tシャツがビリビリ引き裂かれていた。

今や白いブラジャーが小山のように盛り上がっている。想像通りの大きさだった。だが、ナマの本物を目の当たりにした彼らにとっては想像以上の迫力だった。

その乳房を、毛ムクジャラの獣の手が捏ね回している。

捏ねられるほどにブラジャーが乱れ、肌色の膨らみが露わになっていった。いかにも畜生らしい、荒々しい手つきなのに、餅を捏ね回すようなその手つきが、なんともいやらしい。

実際、その手管は琴美の予想を遥かに越えて、巧みなものだった。それでいて乱暴な手つきで扱われているのが、いかにも弄ばれてる感じがする。

乳房の中に、おっぱいをいやらしくする分泌物が一杯に溜まっていて、それが一捏ねごとに揉み出されてる感じだ。

堪らなかった。

せめて抵抗しようともがく。だが、両手も両足も、別の猿達に押さえ付けられていて、どうにもならなかった。

ミニスカートは既に捲くれ上がり、白い太ももが付け根まで見えてしまっている。中にブルマーを履いているので、少々見えたからといって、どうという事はないのだが、それでも、ステージ上でスカートが捲くれ上がっているという、その事実だけで琴美には十分に恥ずかしかった。しかし、それを直す事さえ、今の琴美には出来ないのだ。

しかも猿達はただ押さえ付けているだけではなかった。一匹の猿は琴美の脚に尻を乗せて押さえ付け、両手で彼女の太ももを撫で回す。パンストに包まれているとはいえ、明らかな獣欲でもって撫で回すその手つきは、鳥肌がたつほどおぞましい。

またもう一方の脚を押さえ付けている猿は、体を伏せてしがみつき、熱い堅い物を押し付けてくるのである。そうしながら、ストッキングをビリビリ破き、露わになった太ももの生の部分を、ベロベロと舐め回すのだ。

ぞくぞくと打ち寄せる忌まわしい刺激の波に、次第次第に感覚を狂わされていく。ただでさえ自由にならない身体なのに、琴美はいよいよ力が入らなくなってくるのを感じていた。

「ん、ふっ。・・・くぅ・・ふぅん!・・・んんっ」

声を堪えている分、鼻息が熱い。

だが、声を漏らすわけにはいかなかった。舞台の袖に、見覚えのある数人の男達が、逃げもせずに頭を覗かせているのが見えていた。みんな、いつも観客席の最前列辺りで見る顔だった。逃げもしないが、助けに出ようともしない。それどころか琴美が襲われている所を、嬉しそうにデジタルカメラや携帯電話のカメラで写している者さえいた。

な、なんて奴ら!

今まで感じた事もないような憤りが込み上げて来る。彼らの恥知らずな行動が、信じられなかった。だが、今、自分はその軽蔑すべき男達の脂ぎった視線に、恥ずかしい姿を曝している。猿達に拘束されてブラジャーを押し上げられ、一方で乳肉を掴み出されて苛め抜かれ、他方では捲くれ上がったミニスカートを直す事も出来ず、脚をイタズラされるままにイタズラされ、感じているのだ。・・・そう、感じさせられているのだ。猿達の手で!

悔しかった。

情けなかった。

だが、どうする事も出来ない。

彼らの目に、そして彼らのデジタルカメラや携帯電話のカメラのレンズに映った自分の惨めな姿を思うと、頬が恥辱に燃えた。

彼女を助けようとステージに上がってきたスタッフ達は、ケンタの抵抗にてこずっているようだ。琴美の視界からは外れていて姿は見えないが、さっきからずっと、男達の叩きのめされる呻き声ばかりが聞こえてきていた。

それらの声の背景となって、外に向かっていたはずの観客達の、どよめくような悲鳴が聞こえてくる。

頭から血を垂らして床に這いつくばっていたスタッフの一人が、朦朧とした頭を巡らしてそちらの方向に視線を向けた。

彼がそこに見た光景。それは、観客達が慌てて駆け戻ってくる姿であった。

その向こうに、猿達の群れが見える。



◆ ◆ ◆


「いけい!てめえらの明日を作ってくれる若造だ!みんなで手助けしてやれい!」

コンクリートのゲートの上で跳ね上がって、山猿の長老・リオが叫んでいた。たった二つしかない、小さな出入り口のゲートの一つだ。人が一人、通るほどの大きさしかない。

そこに、山猿達が溢れていた。リオの側近数匹と、見張りに十数匹もいれば、もうそこは猿でいっぱいだ。

他の百匹以上にのぼる猿の群れは、甲高い奇声を発して、一斉に観客に襲い掛かっていた。

「きゃあああっ!」

「ひー!」

「うわああ!!」

悲鳴が飛び交い、怒号が折り重なる。

牡猿が女性客に飛び掛かり、連れの男がその猿を引き剥がそうとする。その男を、今度は雌猿が数匹係りで襲ってズボンをずり下げ、男が慌てているその隙に、他の猿達が女を地面に引き倒す。

襲ってくるのが一匹二匹でも、一般の人間に抵抗らしい抵抗など、出来ようはずもないのに、まして、一人に対して数匹単位の猿が一斉に襲い掛かってくるのだ。恐怖と混乱に陥った観客達に、どうする事が出来よう。

カップルの若い彼女が、子供連れの母親が、彼氏の目の前で、夫の目の前で、子供達の見ている目の前でビリビリ衣服を破かれ、あられもない姿にされていく。

その一方で、彼氏の方も、夫の方も、雌猿達にたかられて、次々に男根を剥き出しにされていっていた。

もちろん子供達だって容赦されない。小さな女の子が、両親の目の前で裸に剥かれ、猿の舌と指で未発達な性器を弄ばれる。その父親はというと、雌猿達に押さえ付けられて男根を咥えられ、その猿とも思えぬ巧みな舌使いに顔をしかめ、そして母親の方は、反対に猿の男根を咥えさせられ、身体中を舐め回され、苦しげな嗚咽を漏らしているのだった。



仲間達の活躍に触発されたかのように、否、というよりも我慢出来なくなったみたいに、ケンタも、再び琴美の方に近寄っていく。スタッフ全員をのしたわけではなかったが、スタッフ達もさすがに慎重になっていて、ケンタの隙を狙いながらも、うかつには手が出せないようだった。

一方琴美は、太ももをまさぐっていた猿の手が、徐々に這い登ってくるのを感じていた。

「あ、だ、だめ、こらっ、や、やめなさい」

熱情に震える声で猿を叱る言葉が、今はひどく空しい。

ブルマーに猿の手が掛かった。ほとんど躊躇する間もなく、ずるずると引きずり降ろされる。パンストに覆われた白いパンティが露わにされた。一気に股間に集中してくる、観客達のいやらしい視線。彼らの股間に突き立った槍状の物の存在感が、ぼんやりと感じられる。それほどに、熱い。そこに、ケンタがやってきた。

琴美の腹の上に跨って乳肉を嬲っていた猿が、ケンタに遠慮するように琴美の上から身を退ける。それと入れ替わりに、ケンタが、琴美の顔を跨いで立った。

琴美の方から見ると、下から見上げた所に、ケンタの股間がある。琴美の身体を見詰めている男達の股間にも突き立っている、禍々しい肉の棍棒。それと同じ物の、その実物がそこにあった。今はその裏側が見えるだけだったが、激しくそそり立って、血管の浮いてるのまでがよく見える。

彼が膝をつくと、それがぐぐうっと目の前まで迫ってきた。

ぞくぞくと背筋を走るものがある。

犯される、と思った。猿に犯されるというおぞましい予感が、現実的な実感として感じられた。

「いやあ、や、やめぇ!助けてぇ!」

絶叫して暴れる。だが、手も脚も猿達にしっかり押さえ込まれているから、首を振って尻を上げたり下げたりするくらいしか出来ない。

ケンタの手が、破かれたパンストの裂け目をピーっと広げた。パンティを覆っていた肌色のソフトフォーカスが取り去られる。

もっとも触られたくない琴美のその部分が、恐怖でビクビクしているみたいに敏感だった。その敏感な部分に、ケンタの指が布地の上から裂け目をなぞるように触れて来る。

「あんっ」

身構えていたはずなのに、ビクっとして、思わず感じてしまっているような声を出してしまった。ハッとして口を噤(つぐ)む。もう、恥ずかしくて、ステージの袖で見物している下劣な男達を睨む事すら出来なかった。

指がパンティの柔らかな生地越しに、溝の内側までをも抉り上げる。その指の動きが、ヌルヌルと滑っているように感じられた。

私・・・濡れてる?まさか・・・



そう思った瞬間、思わぬ方向から解答が与えられた。

「凄え・・・濡れてる。琴美ちゃんが、猿に弄繰られて濡らしてるぜ・・・」

見物していた観客の一人か、それとも数人か、琴美の股間が見える方に回ったらしかった。恥ずかしさで頭に血が上る。

その声で、ケンタ相手に意識を集中していたスタッフ達も、初めてその邪まな観客達の存在に気付いたようだった。

「そんな所で何をしてるんです!早く避難してください」

「そうはいかん。琴美ちゃんの獣姦シーンが見られるかもしれんのに、琴美ちゃんファンとしてこんなチャンスをみすみす見逃す事は出来ーん!」

「そーだそーだ!ここで逃げたら、琴美ちゃんファンじゃなーい」

「あ、あんたら・・・」若いスタッフが絶句する。

「そんな事言って、猿を追っ払ったら今度はあんたらで楽しむつもりなんじゃないの〜?」

「そだよなあ。琴美ちゃんも猿に弄繰られてびしょ濡れにしてるし、乳首もビンビンにおっ立ててるし。あんなに身体ピクピクさせて興奮してるんじゃ、どっちにしてもこのまんまじゃすまないよなあ」

男達の下卑た揶揄に、あらためて自分の恥ずかしい姿を意識させられる。琴美は屈辱で胸が張り裂けそうだった。だが、身体が勝手に反応してしまうのはどうする事も出来ない。

今も、横に退いた猿に、そのビンビンに尖りたった乳首をクリクリと転がされ、抵抗する術もなく「あんあん」と屈服の声を絞り出してしまっているのだ。

「ものはついでに日頃のご愛顧に感謝してって事で、ここは一つファンサービスに「琴美ちゃんとつがろうサイン会」って事にしたらどーです?」

「そりゃいい!」

誰かの声が調子に乗ってそう言って、誰かの声がそれにやんやと賛同する。

「いい加減にしろ!ファンだって言うんなら、アンタらもそんな所で見物してないで、助けに上がってきたらどうなんだ!」

「いやあ、僕達平和的な種族だから、そーゆー暴力的な事はお任せしますよ」

「てゆーか、アンタんトコの責任だろ、これ。俺達は楽しい一時を過ごそうって、金出してわざわざ来てんのに、こんな騒ぎに巻き込まれて、いい迷惑なんだよ、はっきり言って」

スタッフの若い男は、チッと舌打ちを打って再び視線をケンタの方に戻した。

ケンタと、その下に組み敷かれている、琴美の方をだ。

「うぐぐ・・・」

口を強く引き結び、琴美は必死で顔を背けていた。泣き腫らしたように紅潮したその頬に、ケンタの亀頭が突き刺さっている。先端からヌルヌルした液を出して、そいつは琴美の顔を汚しながら、唇を追っていた。

そいつが唇に近付いてくると、琴美が反対側に顔を背ける。するとまたそいつは、汚い汁をなすり付けながらその後を追って来るのだ。

そうしながら同時に、ケンタはパンティをパンストごとクルクルとめくり返すように引き摺り下ろし、ついに琴美の股間を白日の元に曝け出させてしまった。

「んううう!」

脚をブルブル震わせる。少しでも太ももを閉じて隠そうと、脚に力を入れているのだ。だがもちろんの事、それはとてもかなわない事だった。スニーカーごと足から引き抜かれた後は、再び左右両方の猿にそれぞれ押さえ付けられ、強引に開かせられる。太ももの間に、濡れてぺったりと張り付いた陰毛が見えた。

股の方から見ると、ほぼ完全に丸見えだ。鮮やかなピンク色の媚肉がヌラヌラと濡れ光っている様を見るのに、陰毛は全く邪魔にならない。

「うおお、ついに憧れの琴美ちゃんのオマンコをカメラに収めたぞお。すげえ。あれが琴美ちゃんのオマンコかあ」

「やっぱキレイだなー。想像通り、てか、想像以上だぜ」

「でも猿に弄繰り回されてあんなにびしょ濡れにさせてんだから、結構変態だよね」

「けっこーどころか、まるっきり変態女だよ」

男達は好き勝手な事を言って琴美を辱めた。だが、琴美には何一つ否定する事が出来ない。恥ずかしくて恥ずかしくて、頭がクラクラしてくる。

その間に、スタッフの一人がそろそろとケンタの背後に回り込んできていた。猿除け棒をゆっくりと振りかぶる。

「ひゃっ!」

気合を込めた一撃。

不意に襲ってきた殺気に、ケンタは身を翻して立ち上がった。棒を振りかぶった男が、振りかぶった姿勢のまま立ち竦(すく)む。

ケンタに気付かれたから、ではなかった。突然毛だらけの腕で後ろから羽交い絞めにされ、パニックに陥ったのだ。

「ギンジ!」

男の背中に張り付いた猿を見て、ケンタが叫ぶ。

「加勢にきたぜ!こいつらは俺達が食い止めとくから、人間共にきっちり見せ付けてやれよ」

見れば他にも、ギンジ配下の猿が数匹、ステージに上がって他のスタッフ達に襲い掛かっていた。

「こ、この!」

男が驚き慌てて背中の猿を振り落とそうとする。だがもちろん、ちょっとやそっとでは、振り落とせるはずがなかった。

「うん!ありがとう」

ケンタは明るく礼を言うと、再び琴美の顔の上にしゃがみ込んだ。張り詰めた亀頭が再び、琴美の頬に押し付けられる。そこはもう、ケンタの汁ですっかりベタベタにされてて、ヌルヌルの亀頭がよく滑った。

同時に、ケンタの指が媚肉を掻き分ける。どこに何が当たってそうなるのか琴美には判然としなかったが、指先が溝を抉る度に、神経の中に甘い衝撃が走った。

「猿にオマンコ弄られて悶えてやんの」

にやけた声がコソコソと耳から潜り込んでくる。



だめ、そんな風にされたら・・・



穿(ほじく)られてる所が、ヘンな動きをしてしまいそうだった。きっとその動きも、男達に見付けられてしまうだろう。

膣の入り口を、猿の指先が細かく、出たり入ったりしている。

「んふうっ!」

突然、クリトリスが穿(ほじく)り出された。その鋭い刺激に琴美は、横に背けていた顔を顰(しか)め、内股の筋をピクピクさせてしまう。

ケンタが、片方の指で膣口を嬲りながら、もう片方の指でクリトリスを摘み出したのだった。浅く入った指先を、柔らかい肉がキュッキュッと締め付ける動きを見せる。

しまった、と琴美は内心焦った。また男達に恥ずかしい事を言われてしまう・・・

だが、耳を澄ませても、誰もその事を言わなかった。やはり、これだけ距離があると、さすがにそんな細かい動きは見えないらしい。

しかし、人間の男達には見えなくとも、その場所を弄繰り回している当の本人のケンタには、当然の事ながらそこははっきりと見えている。

「おっひょう、凄い凄い!締め付けてるよ。琴美おねーさんのオマンコが、僕にクリ弄られて、堪らん堪らんって言ってるよお」

言葉責めというよりは、感動のあまりに出た言葉だった。ケンタの言葉で、近くにいた猿達が顔を寄せて、琴美の股間を覗き込み出す。

「なんか、ケンタさんの指をオマンコがおいしそーに舐めしゃぶってるみたいですね」

「ホントだ。うわー、すげー、いやらしー」

「う・・ん、んうぅ!・・・うんんっ」

もはや琴美は、クリトリスを揉まれる度にビクビク動く、猿達の玩具(おもちゃ)だった。しかも猿達の視線が集中した事で、よけいに感度が上がったような気がする。

急激に盛り上がってくる絶頂の予感に、琴美は焦りを禁じ得なかった。

「だ、だめ、やめて、そこっ、触っちゃ、だ、め」

男根が顔を嬲るのも構わず、顔を右に左に打ち振る。だが、熱化した激しい吐息と、今にも口に入り込んできそうな亀頭を避けるので、口をはっきりと開けて喋る事は出来なかった。そこへ

「ケンタさん、お手伝いしましょう」

乳首を弄んでいたもう一匹の猿が、アイブザルの言葉でそう言って、胸から手を離し、琴美の顎を掴んだ。万力のような力が、琴美の唇をムリヤリに開かせる。

そして強引に正面を向かせた。

「あがあっ!」

亀頭が鼻先に突き付けられる。

「あ、悪いね。どうもありがとう」

礼儀正しくお礼を言うと、ケンタは腰の位置を調節して肉棒を琴美の口の中に差し入れた。

「あんもぅううう」

「やった!琴美ちゃんがついに猿のチンコをフェラチオし出したぞ」

くぐもった琴美の悲鳴と、男達の小躍りするような声。彼らがどうしているのかはもはや確かめようもなかったが、琴美には彼らがカメラで琴美の痴態を盛んに撮っている気配が、はっきりと感じられた。それらはすぐにもメールで彼らの友人達に送信されるだろう。そして、日本中の男達の携帯電話の液晶画面に、猿の男根を頬張る自分の顔が映し出されるのだ。

絶望で、琴美の瞳が虚ろになる。もう、おしまいだと思った。

獣の逞しい欲望の味が、舌を圧して口いっぱいに広がる。その汚らわしさ。恥辱。琴美の頭は飽和状態になった。

だが、それと同時に、そのチカチカするような恥辱の中に、琴美の知らなかった、被虐の戦(おのの)きとも言えるような、不思議な感覚があった。

傘の張った牡の器官が、咽頭に至る口腔内を何度も往復する。舌に、唇に感じる、浮き出た血管の、野太い脈動が凄まじい。

なんで、自分が、こんな目に

情けなさと、断続的に喉奥を突かれる息苦しさに、涙が溢れた。

クリトリスを摘んでいた指が不意に離れる。替わって、熱い息吹がそこに覆い被さってきた。指よりはるかに柔らかで、ヌメッとした感触が、剥き出しにされた肉芽を襲う。

「んむっ!・・んん、ふもぉ」

それは何とも堪らない感触だった。

琴美ももう、処女ではない。琴美の名前がまだ世の中に出てなくて、仕事もまだこんなに忙しくなかった以前には、身体を許した彼氏もいた。そこを舐めてもらった事だって、一再ならずあった。だが、こんなにも感じるものだったろうか。

動くまいとしても、神経が勝手に喜んで跳ね回る。ヌメヌメとした舌に、クリトリスを右に左に撫で転がされ、ニュクニュクと指が、秘肉を浅く抜き差しする。しかも琴美のその奥は、太くて逞しい物を求めるように、浅ましく蠕動して切なく空虚を噛み締めていたのだった。

声を出すまいとしても、くぐもった悶え声が勝手に漏れ出てしまう。



そう、ちょうど今、この口を犯しているような逞しい物で・・・



そう思った瞬間、脳が痺れた。いけないっ、と思ったが、たちまち浅い絶頂が突き上げてきて、二度、三度と琴美の身体をビクビクさせた。まるで悪魔に憑依(のりうつ)られたみたいに、そして気が付いた時には、琴美の舌が動いていた。その逞しさを舌で確認するように。

頬から火が出ているんじゃないかと思うほど恥ずかしかった。だが、少しくらい動かしても気付かれないだろうとも思った。ところがそれがだんだんとエスカレートしていく。

隆(りゅう)として筋肉のように盛り上がったスジ、張り出した傘の、妄想を掻き立るその形状。

雌猿だ。

私は、このいやらしい牡の器官を入れてもらおうと、一生懸命口で奉仕している雌猿なんだ。

そんな妄想がチラリと脳裏に閃いて、琴美は慌てて打ち消した。打ち消しながらも、その想像の甘美な衝撃に、思わず腰をくねらせてしまう。

「おいおいおいおい。琴美ちゃん、腰使ってるよ」

「すげー、猿とシックスナインだぜ?たまんねー」

男達の揶揄を聞くと、恥ずかしくて身動きが出来なくなる。だが全身の急所をひっきりなしに弄繰り回される攻撃に、琴美は身動きしないでいる事も出来ないのだった。身体は最早、完全に琴美の意思から離れ、反射と反応だけで蠢いている。

その、自由にならないもどかしさを晴らそうとするかのように、琴美はケンタの男根を舐(ねぶ)る舌の動きに更に熱がこもらせていった。

「ふもぉぉ・・んん・・・んめろ・・んふぅう」

「おお。琴美ちゃん、マジだ。猿のチンコ、マジ舐めしてる〜」

観客の男が感嘆の声を上げる。さすがにこれだけ激しいと、少しばかり距離があるとはいっても、気付かれないわけにはいかなかった。だがもう、琴美自身にも、内から込み上げてくる淫らな衝動を止める事は出来なかった。

琴美を責めている当のケンタも、感に堪えないといった苦しげな表情を見せている。

「ううっ。・・・さ、さすが猿回しのお姉さんっ、猿のチンコのスウィートポイントを知り抜いてる!しかもこんなに激しく・・・くうっ!さすがにもうダメだ」

ずるるっ、と引き抜いた。舌が、名残惜しげにその後を追う。

「んあぇ・・・」

ケンタは素早く身体の向きを変えた。白い滑らかな長い脚の間に、腰を割り込ませる。その小さな身体から生えた、巨大な男根。ケンタは琴美の濡れそぼった肉の坩堝目掛けて、一気に根元まで蹂躙した。

「くはぁ!」

解放された涎まみれの口から放たれた声は、明らかに潤みを帯びていた。肉の鏃(やじり)が自分を貫いているのを、琴美ははっきりと実感する。そしてそこに集中する、男達の視線。

捲くれ上がって腰に巻き付いてるだけのスカートは、今はただの布切れに過ぎない。

「やったよ。とうとう、琴美ちゃん、猿にチンコ突っ込まれちゃったよ」

「凄え凄え。マジかよ。ホンモノの獣姦だぜ。ひゃ〜」

男達は目の前の光景を自らの意識に念入りに刷り込むように、口々にその事を言葉にした。それが同時に、琴美の恥辱と絶望を煽る。彼らの携帯電話やデジタルカメラは、猿と結合している琴美のその部分を、盛んにメモリーに記録し続けていた。

媚肉が円く広げられ、ふしだらな肉汁を垂らしながら太い幹を噛み締める。ケンタがゆるゆるとした動作で引き抜くと、逞しく横に張った傘が膣壁をこそぎ、恥ずかしい汁を掻き出した。そしてまた、厚くぽってり膨らんだ肉襞を巻き込みながら、押し入ってくる。すると今度は膣内に溜まった肉汁が結合部から溢れて出してくるのだ。

引き抜かれては垂れ流し、刺し貫かれては溢れさせ、琴美の尻は己の蜜でたちまちベトベトになった。

膣壁が、擦られる度にビクビクと反応する。焦燥が、抜き差しされるごとに高まって来る。

「あ、あ、あ、だめ、だめ、だめっ」

右に左に頭を振って柳腰をくねらせる様は、全身を駆け巡る快感から逃れようともがいているように見えた。

だが、ケンタの方はそれ以上に切迫していた。

「うっ、く。くっ。やばい、やばいやばいやばい」

ケンタの腰を打ち付けるスピードが、加速度的に速くなってきている。自分のこの肉棒が琴美お姉さんを貫いているのだと思うと、肉棒の摩擦が倍以上の快感を生むようだ。

急速に高まり来る射精への欲求に必死に耐えながら、これはロンの事は言えないな、と内心密かに思った。

獣ならではの人間の営みではあり得ないような激しい打ち付けが、琴美を責め苛む。同時に、それ以上にケンタ自身を追い詰めていく。

目を落とすと、凄まじくいきり立った己自身が琴美お姉さんの肉裂を押し分けて出たり入ったりしている。その光景が、ケンタに決定的な一撃となった。

「あん、あん、あっ、ひ、す、すご、いぃっ、やだ、やだっ、なに、あ、もぅ・・・」

「く、もう、っ。僕も・・・っっ」

どぷぶりゅりゅりゅーっ!

かつてないほどの激しい射精感。大量の精液が、琴美の膣奥を叩き、子宮へと続く最奥に流れ込んでいくのが感じられた。

どっぷ、どっぷ、どっぷっ

「え、えっ、うそっ・・・やだぁ、あ、は、な、なんで・・・」

お腹の奥で感じる、猿の精液。絶頂直前の忘我から、突然引き戻されて感じさせられる、絶望に限りなく近い嫌悪感。

ケンタの子種は琴美の子宮を満たして更に溢れ返り、逆流して、肉棒を切なげに咥え込んでいた膣を更に押し広げた。円を描いて密着していたはずの結合部から、欲望の白い溶岩が噴出する。

「うほお、膣(なか)出しだあ。猿のザーメン、オマンコから溢れ出してる〜」

「やっぱナマはすげーな。すげー迫力だぜ」

「琴美ちゃんの獣姦膣(なか)出しシーン、ばっちり録ったぜえ」

男たちは歓声を上げて、下卑た言葉を琴美に浴びせ掛けた。その言葉一つ一つが、絶望の淵に陥った琴美の心に杭となって打ち込まれる。琴美は、否が応でも猿に犯された事を、はっきりと意識させられるのだった。

身体の芯から、獣のDNAに染め上げられたような激しい汚辱感に、涙が溢れてくる。

だが

ずるんっ

「あふぅん」

肉棒を引き抜かれた瞬間、そんな琴美の気持ちとは裏腹に、琴美の身体は甘い声を上げてしまうのだった。黒く張り詰めた亀頭があたかもそういう形の栓だったみたいに、抜け出た後からどぷりどぷりとケンタの精液を溢れ出させる。

ケンタの肉棒はケンタの肉棒で、あれほど出したにも関わらず、硬度をほとんど失っていなかった。

「うっわあ、凄え量。さすが獣。・・・でもなんか猿のってさ、人間のよりネバネバしてねえ?」

猿の生態を知らない者が見た通りの事をそのまま言葉にする。

実際その通りなのだ。猿の精液は非常に粘度が高い。これは猿の交尾が非常にせわしない状況で行われる事に由来する。

猿は交尾の最中でも、常に外敵に気を配りながら事を行うのだ。ちょっと挿入しては抜いて外敵を警戒し、またちょっと腰を使ってはまたすぐに抜いて外敵がいないか辺りを確認する。そして射精後はいつまでも余韻に浸っていないでさっさと離れる。全て外敵を警戒しての事から生まれた、本能だった。ただしアイブザルの場合は知能が発達しているから、むしろ習慣に近い感覚であろう。

一方雌の性器から溢れ出た精液は、空気に触れた所から固まり出してゴムのようになる。

いわゆる、交尾栓という奴だ。

せっかく仕込んだ子種が無駄にならないよう、零れにくくなっているのである。その為、粘度も高い。

そして今まさに、琴美の股間はその交尾栓に蓋されようとしていた。

「琴美ちゃん、お尻ぷるぷる震えさせちゃって、メチャ萌え〜」

「ねえねえ、琴美ちゃん、イッたの?イッたの?」

「いや、あれは違うと思うな。あの顔見てみろよ。満足したって顔じゃないぜ。あの顔はあともーちょっとでイキそお、って所で男に先にイカれたって顔だ」

男の言葉が、チクリチクリと琴美の胸を刺す。琴美は、自分がそんなに物欲しそうな顔になっているのかと思って、かあっと顔を熱くした。せめて脚を閉じようと身を捩(よじ)るが、四肢に力が入らない上、猿達に押さえ付けられている為、それもままならない。

「ふう。やっぱり琴美お姉さんは凄いや。一度も抜けなかったよ」とケンタが言い訳するように言う。

「ケンタさん、もう一回しますか?」

琴美の右脚を抑えていた猿が、ケンタを振り仰いで言った。

ケンタの男根は琴美の白っぽい愛液に塗(まみ)れながら、まだ激しくいきり立っている。まだ何度でも挑めそうだ。だが

「いや、いいよ。僕ばっかりしちゃ悪いし。君らがみんな終わってからでいいから」

ケンタはそう言って、その猿とポジションを交代しようと琴美の右脚を跨いで乗っかった。

「そうですか?それじゃ・・・」

交代した猿が立ち上がる。

琴美がこの猿達の会話を理解していたら、きっと気が触れるような悲鳴を上げていただろう。

琴美を取り囲んで押さえ付けている猿達がみんな、男根をいきり立たせて琴美の身体を見ていた。ブラジャーを摺り上げられて胸を両方から揉み回され、下半身はミニスカートの残骸を腰に巻き付かせただけの、いやらしい琴美の身体を。



◆ ◆ ◆


その頃、けっこう猿軍団センターの出入り口前に、複数台の物々しい黒い車が停まった。

機動隊の車だ。横にスライドするドアがガアッっという大きな音を立てて開き、黒い制服の機動隊員達が次から次へと出てくる。

けっこう猿軍団センターの東ゲート、南ゲートはそれぞれ、十数匹づつくらいの猿の群れに占拠されていた。やってきた男達に歯を剥き出して敵意を表す猿達。だが、丸腰の一般民間人とは明らかに勝手が違う様子に、おいそれと猿達も襲い掛かる事が出来ない。

まず、警棒を備えている。それにジュラルミンの盾を持ち、頭にはヘルメットまで被っている。服も丈夫そうで、破りにくそうだ。

しかしそれ以上にやっかいなのは、―――これはリーダークラスの猿しか気付かなかった事だが―――その男達の動きが、統率されている事だった。

人間様と呼んで神様の次くらいに思っていた人間達に対して、今現在自分達が優勢なのは、一重に自分達が、統率をとって集団で襲っているからだ。

彼ら、リーダークラスの猿達はそう、認識していた。

だとしたら、統率のとれた人間様の武装集団に、果たして自分達が太刀打ち出来るだろうか。

その答えは、機動隊員が二重三重に横に並んで分厚い垣根を作り、靴音をザッと揃わせて一歩踏み出した時にたちどころに出された。

歯を剥き出していた猿達がビクッと飛び上がって、反射的に後ろに退く。

やっぱりダメなのか。猿は、人間様にはかなわないのか。

山猿の長老・リオが表情を消しながら心の中で呟く。



その様子を、木の枝の上からじっと見ている一団があった。道路を挟んでけっこう猿軍団センターの反対側にある、小さな公園の木の上だ。生い茂った葉に隠されて、向こうからは姿が見えない。

ロン率いる、町猿の一団だった。

彼らは、人間達のやり方というものについては、山猿達よりはるかに、よく心得ていた。

騒ぎが起こって、その場にいる者達で手に負えない事態になったら、そのトラブルに対応した専門家達が駆けつけてくる。それが人間達のやり方なのだ。そして、そういった専門家のような機能的集団には必ず、統率者がいる。そしてまた、統率するという役割を持った者は、大抵集団の後ろにいるものなのだ。なぜなら、その方が集団を指揮するのに都合がいいからだ。

ロンは、静かに人間達の動向を見詰めていた。そしてその目がやがて、一人の男に注目する。その男は、男達が降りてきた車の運転席のドアを開けっ放しにして、車内の無線機に向かって何か大声で喋っていた。

「見付けました。あの人です。あの人を集中的に狙ってください」

ロンのその言葉を受け取って、側に立っていた大柄な猿が両手を大きく振りかぶった。

「おう。聞いたかみんな!お頭の命令だ!あの人間様を叩き潰すんだ!手柄を立てたい奴からさっさと掛かりやがれ!!」

そう言いながら、言った本人が真っ先に樹上から飛び降りる。続けて、他の猿達が奇声を発しながら雪崩をうって次々と飛び降りて行った。

突然降って沸いた殺気に、無線機を持った男が振り返る。

「な、な、なっ・・・!」

『なんだ。どうした。』

無線機が虚しく呼びかける先で、そこに展開していた予想外の光景に、男はパニックに陥って言葉を紡ぐ事すら出来なかった。猿の群れが道路を横断して、もう、目の前に迫っていた。



リオは、整然と並んで今にも迫ってきそうだった機動隊の統率が、町猿達の奇襲で俄かに崩れたのを見た。後ろの方から勝手に隊列を離れて、個人個人で町猿に応戦しに走っている。その分、人の垣根が薄くなる。

「今だ!行け!」

この機を逃がさず、リオが号令を掛けると、古株の山猿達の中でも特に気の荒い連中がここぞとばかりに足並みの乱れた機動隊に襲い掛かった。警棒を振り上げる男。殴られる猿。その警棒を持った腕に他の猿が飛び付き、更に他の猿が腕と言わず肩と言わず、ところかまわず噛み付く。怒号が飛び交い、悲鳴が上がり、血が飛び散った。



◆ ◆ ◆


その事が、伝令の猿によってステージにいるケンタに知らせられる。

「そうか。わかった。ありがとう」

話を聞いた限りでは、優勢とまではいかないが、少なくとも劣勢ではない事はわかった。

勝機がある。それが、ケンタには見えるようだった。

「ロン先生、さすがだよねえ」

伝令猿にそう言うと、その猿は得意げにニヤリと笑った。

その伝令猿は、今回、一匹だけ自分達の群れを離れてリオの元に従っていた、ロン配下の町猿だったのだ。

「君も一発、どう?」

ケンタは、早くも身を翻してゲートの方に取って返そうとする伝令猿を呼び止めて言った。ケンタの指し示す方向には、ステージ上で何匹もの猿に取り囲まれて嬌声を放っている女猿回し師・斎藤琴美の姿があった。センターのスタッフ達も、今はみんなボコボコにされて、そこらに転がっているか、戦意を喪失して逃げ出しているか。いずれにしても、もう邪魔する者はいなかった。

「いや。お頭が戦っているのに、それは出来ないですよ。ケンタ先生。行って、少しでもお頭のお手伝いしなきゃ」

ロンの群れの猿は、配下の者までケンタの事を「ケンタ先生」と呼ぶ。それだけ、ロンの精神的な支配が強いと言う事だ。アイブザルでも、珍しいタイプのリーダーだろう。

彼は再び背を見せると、猿と人間入り乱れての乱交パーティ状態の屋外会場を、ピョーンピョーンと跳び跳ねながらゲートに向かって走り去って行った。

ステージの上から見渡すその光景は、かつて夢想だにしなかった光景だった。乱交パーティ状態と言ったが、乱交パーティというのは、多少ニュアンスが違うだろう。むしろ、ただひたすら人間達が猿達に凌辱され続ける、大輪姦パーティと呼ぶべきだ。

顔を腫らしてもはや抵抗する気力も失った彼氏の目の前で、対面座位で猿の膝の上に乗せられ、ガクガク肩を震わせて激しく突き上げられる少女。

裸に剥かれ、乳首とクリトリスの三つの突起を三匹の猿の舌でそれぞれに責め立てられて喘ぐ妻を目の前にして、無力感に苛まれながら、激しく勃起しているのを、雌猿に舐めしゃぶられている夫。

姉は猿の男根をフェラチオさせられながら肛門を貫かれ、弟は押し倒されて雌猿に跨られ、妹が処女を散らされたばかりの身体を何匹もの猿にかわるがわる犯されている一方で、兄が雌猿の膣内に射精を強要される。

ただでさえ性欲の強いアイブザルが、人間一人に対して数匹単位で嬲り回すのだから、人間側にとってみればそれは、まさに淫らな無間地獄と言って良かった。

そしてアイブザルにとっては、自分達猿が人間様を組み敷き、猿は決して人間様の下に従うだけの存在ではなく、自ら戦う事によって権利を勝ち取る事の出来る存在なのだと、史上初めてそれを証明した歴史的なシーンでもあった。

「あふっ、あ、しゅご、しゅごいぃのお・・・あんん、らめぇぇ」

ぴちゃぴちゃと淫靡な水音が重奏し、それを圧して琴美の喘ぎ声が断続的に響き渡る。

「琴美ちゃん、すげー格好。もーなんか、壊れちゃってるって感じだねー」

「あ〜あ〜もー、自分から腰振って猿のチンコでオマンコの中掻き回してやがる。マジで変態じゃん」

「あ、また猿の奴、膣(なか)に出しやがった。琴美ちゃん、またイキそこねたねー」

舞台袖のギャラリーもまた、飽きもせずに揶揄を投げ掛けながら、パシャパシャとデジタルカメラやら携帯電話やらで盛んに琴美の痴態を撮り続けていた。まるでその様は、斎藤琴美のファンどころか、憎んでるようですらあった。

いや、実際憎んでいるのであろう。

本当は自分達が琴美を犯したかったに違いない。あるいはまた、元気で溌剌とした彼女に、清純なイメージを抱いていた者も中にはいたかもしれない。それが、今目の前で、猿なんかに犯されて、あまつさえ自分から腰を振って快感を貪っているのである。ファンの心理としては、裏切られたような気持ちになるのは、当然の事であった。

その歪んだ怒りを歪んだ欲望に変換して、彼らは殊更に琴美を貶め、辱める言葉にして琴美にぶつけているのだ。

だがその声が琴美に届いているようには、もはや見えなかった。

彼らの言う通り、今や琴美は、抜けていく猿の肉棒に追いすがるように腰を突き出し、更なる恥ずかしい刺激をねだって右に左にと腰を振る、憐れで下品な雌猿だった。

もう猿達も、誰も琴美を押さえ付けてなどいない。かろうじて残っていたブラジャーもスカートも、今は完全に取り去られていた。かわりに、顔といわず胸と言わず、至る所に猿の精液を纏い付かせている。股間にはついさっき出されたばかりの精液が新たな交尾栓を形成しつつあり、恥ずかしい肉穴から太股に至るまでをべったりと塞がれていた。

空気に触れてゴムのようになるのは股間の交尾栓だけではない。身体中に纏い付いた精液も同じように固まり出す。殊に太股を覆うように溢れた精液は、何層にも塗り重ねられ、琴美が既に何匹もの猿に犯されている事を如実に物語っていた。

だがこれほど何度も猿達の精を受けていながら、琴美自身はまだ一度もイッいなかった。

ケンタは琴美に憧れるあまり、一度も抜かない内に射精してしまったが、本来猿の交尾は、ちょっとピストン運動しては抜き、またちょっと腰を使ってはまたすぐに抜いて、の繰り返しなのだ。

琴美にしてみれば、堪らないであろう。

なにしろ、絶頂に至る手前まで責められながら、あともうちょっとの所で抜かれてしまうのだから。それが何度も何度も繰り返されるのだから。

秘肉に密着して膣口を塞ぐ交尾栓がペリペリと剥がされると、またあの、逞しいモノで突き刺されるのだと思ってドキドキした。クリトリスから剥がされる甘い衝撃に、「あんっ・・・」と声を上げて内股をプルプルと振るわせる。

毛がモサモサと生えた、人とは全く違う気配が両脚の間に割り込んできて、何の容赦もなくズンっと突き込んできた。

獣ならではの激しいピストンが、絶頂直前でお預けを食らった切ない膣壁を心地良く抉る。

同時に左右をかためる別の猿の手で、胸を揉まれ、乳首を弄繰られるのだ。指の形に変形させられ、舌と唇で転がされるのが、情けないほど気持ち良い。

一旦下降しかけていた快感曲線が再びググンと持ち上げられ、琴美は歓喜の声を上げていた。

それが突然断ち切られる。

ズルリと引き抜かれ、置いてきぼりにされる。

身体中を何本もの手や指や舌に弄り回されているが、それも中心を貫くものがなければ、切なさを殊更に煽られるだけだ。もどかしい刺激に嬲られるだけ嬲られて、琴美の神経が身を捩(よじ)ってのた打ち回る。

「いやぁ、おねがいぃ・・・は、はひ、はや、くぅ・・・んん、」

自ら両手で下から腰を持ち上げ、はしたなくねだってしまう。

尖り立ったクリトリスは鞘から剥き出しになって、もう二度と元に戻らないようにすら見えた。それが、猿の指に摘まれる。

「ふひぃん」

根元から先端までを満遍なく扱き立てられると、突っ張っている脚がガクガクと震え、だらしのない蜜壷から、愛液がダラダラと垂れ流れた。

再び亀頭が押し当てられる。うっすら開いた膣口がちゅっと音をたてて、キスしてるようだ。その口がむにゅにゅと押し広げられる。

じゅぷぷ、ぬりゅるるる

「はくぅう、い、いいぃぃぃ・・・」

待ちに待った野太い刺激に、全身が戦慄(わなな)く。肉襞が歓喜してざわめき、膣壁がごくりごくりと喉を鳴らすように意地汚く蠕動する。

「あっ、あっ、あっ、おっ、おっ、おっ、」

子宮を突き上げられる度に脳が弾けた。

待ち切れなくなった左右のアイブザルが、琴美の手首を掴み、自分の反り返ったモノを握らせる。そして、その先端から溢れ出るヌルヌルの液を絡ませて、上下に滑らせ始めた。

両の手のヒラに感じる猿の男根は禍々しく、膣内を行き来している肉の逞しさをいやでも妄想させる。



はぅ、ああっ、この、こんなになった、か、カリが、わたしのなかを・・・



そう思うと、またよけいに身体の中心がぞわぞわとしてくる。気がつくと琴美は、二本のそれを夢中になって扱き立てていた。

急激にボルテージが高まって来る。イキそうだ。

「あっ、あっ、あっ、イク、イク、イク、イクイクイク・・・!」

だがやはりまた、今回も果てさせてもらえない。

ぬりゅう〜、っと猿の男根が引き抜かれる。

「あ、はぁあ、いやあ、らめえ、らめなのぉ」

離すまいとして密着していた膣壁が、裏返って引き摺り出されるようだ。それだけで琴美はイキそうになる。だが、時間にして1秒あるかないかの刺激では、当然そこまで到達する事などあり得なかった。結局それもまた、絶頂を極められない琴美の寸止め地獄を増長させる一要因にしかならないのだ。

「おねがい、おねがいぃ・・・もう、もう、あたひ、おかひくなりしょーなのぉ・・・おねあいよぉぉ」

両手で猿の男根を弄り回しながら、琴美は腰をグラインドさせて泣き出していた。

手が自由に使えないから、腰を浮かせる為に肩で上半身を支えるブリッジの体勢になる。

その肩を、猿達が左右から支えて持ち上げた。

「あ?」

琴美はハッとしたように腰の動きを止めた。何をするつもりなのか。フッと不安のようなものがよぎる。

ブリッジしている身体の下に、猿が一匹潜り込んだ。人より背の低い猿の頭は、琴美の肩甲骨の間に挟まるような位置になった。

「ひぁ、ひ〜、ひゃ、ひゃめてぇ」

背筋に密着した猿の口が、ちゅっちゅと音をたててキスしたり、舌を出して舐めたりし出す。それは、こそばいような、恥ずかしいような、何とも堪らない感触だった。犯されてる時に感じる、あのぞわぞわしたものが、物凄い勢いで背中じゅうを駆け巡るみたいだ。

猿の手が、下からおもむろに尻肉をがっしりと掴んできた。左右に割り開き、狭間に指を滑り込ませる。

「や、そ、そこは・・・んふぅ」

垂れ流れてくる蜜を絡めてムニュムニュと菊門を弄繰られる感触は、恥辱的であり、それだけに異様な興奮を琴美にもたらした。

揉み解された肛門粘膜に、熱い肉塊が押し当てられる。

「ちょ、まっ、あ・・・ぐぅう!」

恐怖を感じる暇もなかった。おぞましい肉槍が、琴美の菊座を刺し貫く。

ずぐぐぐぐっ

「うぎぃぃぃ!」

串刺しにされるというのは、きっとこういう感じだろう。琴美は本気でそう思った。肛門を肉棒の太さに押し広げられる痛みも辛かったが、腹肛を圧迫される鈍痛の激しさは、並大抵のものではない。

苦しみ悶えている内に尻肉がぺたんと猿の腰に密着してしまった。根元まで入ってしまったのだ。琴美には信じられなかった。両の手に握っている男根を、指をスライドさせて感じながら



こんな大きなのがお尻に・・・



と感嘆する。いやむしろ、肛門で感じるその太さは、手に持っているそれよりも一回り大きくすら感じられた。だから尚更自分の身体が信じ難い。

琴美の尻を挟む猿の手がゆっくりと持ち上がる。

ぬくぅ〜ぅぅ

「んぐぅ〜・・・ん、ん、ぅぐ」

猿の男根が抜けて行く。その異様な感覚に、琴美は声を抑える事が出来なかった。排泄感にも似ているが、恥ずかしさが全然違う。それは、脈動しており、生きており、琴美の肉肛に欲情してヌラヌラとしたいやらしい液を出していた。

傘が少しはみ出した所で、琴美の尻を支える腕が再び降りて行く。

ずぬぅぅ〜ぬぬぬ

「あ゛む゛む゛む゛ぅぅ」

根元まで押し込まれて、また引き抜かれる。

「う、く、くぅ〜・・・か、はぁ・・・う、うぞぉおぉぉ」

「おお。そーか。琴美ちゃんはお尻もいけるのか」

ギャラリーの男の声が聞こえる。



こんなの、よくなんかない・・・!



否定したかったが、それどころでもなかった。

猿に抜き差しされるお尻の穴に視線を感じ、恥ずかしさが更に倍化する。

その恥ずかしさの中に、むずむずするような感覚があった。

お尻を上げ下げされる度に、肛門の堅さが解れ、少しづつスムーズになっていってるような気がする。それと同時に、痛みと苦しさが、恥ずかしさの中に溶け込んでいくみたいだ。

尻を犯されて感じるなんて、考えたくもなかった。肛門に、猿の男根が出入りしているなどと、考えるだにおぞましい。だが、苦痛が解けるに従い、大きくなるむずむずとした感覚は、次第に明確な形をとっていった。

まるで注射器、私は肉で出来たいやらしい注射器の筒なんだわ・・・そう思うと、恥ずかしさといやらしい気持ちが一気に高まる。

そこへ

ずにゅ

膣に再び男根が挿入される。

じゅにゅりゅりゅりゅ

「おひぃい!・・・」

お腹の中が、猿の肉棒でいっぱいで、いっぱいでいっぱいで、琴美は声を上げる事すら出来なくなった。

上からのしかかってきた猿がそのまま凄まじい勢いで腰を使い出す。

じゅっぷ!じゅっぷ!じゅっぷ!じゅっぷ!

下から肛門を串刺しに刺し貫く猿は、琴美のお尻を支えるのに、もう、手など使っていなかった。上から突き回す猿の衝撃が強過ぎて、腕で支えている事など出来ないのだ。その代わりに腰を突き出し、下から突き上げるようにして琴美を責めたてている。

下から突き上げるタイミングと上から腰を繰り出すタイミングは全く合っていなかった。合わせるつもりもないようだ。お互いが好き勝手に琴美を突き回している。上からと下からと、好きなように貫かれ、翻弄され、琴美の腰はそれに合わせて無秩序に腰を上下動させられた。

「おごぉ!おごぉ!ひょご、ひゅご、ひょご、い゛い゛ぃっ」

吸い込んだ息が、思うように吐き出せない。

いっぱいでいっぱいでいっぱいで

脳がスパークする。

脳が脳が脳が脳が脳が

身体は、絶頂に向かってまっしぐらに駆け上り始めていた。

だがその時、膣奥深くにびっちりハマっていた猿のモノが、唐突にゾグンッと跳ねた。

「あぶっ、ら、らめっ!」

琴美が慌てて締め付ける。だがとても間に合わない。

どびゅぶぶぶぶっ、ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅ

欲望の奔流が子宮口を打ち、あっという間に膣内を満たした。

「うあぁぁぁ・・ぁぁ・・・ぁぁぁ」

身体が震える。力が抜ける。失望の声が漏れ出てしまう。

「くふ・・ぅ」

離すまいと密着を強める膣壁をムリヤリ引っ剥がして抜けて行く男根の感触に、琴美は背筋を反らして耐えた。それと同時に、肛門を犯している肉棒も引き抜かれる。



あ・・・あともうちょっとだったのに。



情けなくて涙が溢れた。もう、何度涙を流しただろう。最初は猿に犯された事の、絶望の涙だった。それがいつの間にか、いつまでもイカしてもらえない事の、もどかしさに耐え兼ねた涙になっている。

逆流して溢れる精液が、肉傘に掻き出される感触がひどく悲しかった。

「うわあ、またいっぱい出しよったなあ」

琴美を犯していた猿と入れ替わった別の猿が、生乾きの交尾栓を引っ剥がそうとしながら感嘆の声を上げる。それは、さっきまで琴美の下にいて、琴美のお尻を犯していた猿だった。後門を堪能していたが、やはり本番は前門で、というのだろう

「どうだった?お尻は?」とケンタ。

「なかなかいけまっせ。ケンタさんも、どないです?」

「うん、僕も2発目はお尻を使わせてもらおうかな、と思って」

「そーしなはれ、そーしなはれ。今でしたら、よーほぐれてますし。ちょうどえー案配でっせ」

野外会場で猿達が観客の人間達を凌辱し続けている光景を、満足げな眼差しで眺めていたケンタだったが、ステージの上で寄ってたかって猿達に弄ばれ、身体をガクガクさせている琴美を見ると、ケンタは再び下半身に力が漲(みなぎ)るのを感じた。

天を突くその勇姿は、新たな刺激を求めてピクピクしている。

ケンタは腰を上げた。そのケンタの視界の端に、真っ直ぐオープンステージに向かって駆け抜けてくる、一匹の猿の姿が映った。

伝令の猿のようだ。だが、さっき来た猿とは違う。さっきの猿は成猿だったが、今度のは小猿だった。ケンタも知っている顔だ。いつも長老リオの傍らにいる。

「ダーマ!」

「ケンタさん。計画は失敗です。すぐ逃げて下さい」

ダーマはステージの端まで辿り着くと、息を切らせる風もなく、異様に落ち着いた口調でそう言った。

「え?」

一瞬、言葉の意味がわからなかった。

「・・・どういう事?」

「ロン博士が、人間様に殺されたんです」

その瞬間、ケンタは風景が遠のくのを感じた。

信じられない、という表情でケンタが二の句を告げられないでいるのを見て、ダーマはその経緯を話し出した。その内容の悲惨さとは裏腹に、まるで、歴史の教科書に載ってるエピソードの一つを語るかのような口調で。

それは機動隊が、猿に襲われた班長に代わって、いかつい顔した副班長の元、急遽態勢の立て直しが行われた所から始まる。

態勢を立て直した機動隊は手強く、前と後ろから挟撃しているとはいえ、猿達もうかつには手を出せない戦況になっていた。しかしそれは人間側でも同じで、センターに侵入しようとすれば後ろから襲われるので、動くに動けない。

だが猿側にしてみれば、それでもいいのだ。足止めさえ出来れば良い。状況を打破する必要は、人間側にあった。

この為に、後からもう一台、別の車が呼ばれた。車から、ケージが運び出される。ケージの中にあったのは小猿の姿。

以前に行われた人間による、大規模な猿締め出し・捕獲作戦で、人間に捕まえられていた小猿だった。ロンにはそれが、すぐにわかった。

町猿の群れにいた子で、町猿の長であるロンも、よく知ってる顔だったのだ。

その小猿の両手が紐で一つにまとめられる。同時に両足も、別の紐で拘束される。機動隊員二人掛かりで、荷物のように扱われていた。小猿が抵抗してるのかどうかは、遠目ではよくわからなかった。

機動隊員達はその小猿の腕の紐を持って、センター入り口前に植えられていた木の枝に紐で吊るし、足に嚢のような重りをぶら下げた。重力に引っ張られてくるくる回るくらいで、ほとんど身動き出来ない格好だ。

否、身動きできないどころではない。それ以前に、華奢な小猿に耐えられる格好ではないのだ。一秒たりといえど。

ロンは反射的に木の枝から飛び降りていた。

「ここまでです。リオさんとケンタ先生に伝えてください」

そう言い残して。

小猿のぶら下げられた木の枝までの距離は、何の障害もなかった。道路を横切るのさえ、車も来なかった。

スルスルと木を駆け上り、数秒とかからず、小猿の吊り下げられた枝まで辿り着く。機動隊員達が見守る、ほんの数メートルの所だ。枝に結わえられた紐を引っ張り上げようとした時、銃弾が響いた。

こんな短い距離で、狙いが外れるはずもない。

瞬時に骸となったロンの身体が、ドサリと地面に落ちた。

猿達の間に、恐慌が走る。

『人間様が本気で怒った!』

『町猿のロン博士が殺された!』

長老リオを中心にゲートに陣取っている山猿達が、キーキーと半分怒ってるような恐怖の声を上げて一斉に後退る。

外から機動隊を牽制していた町猿の群れも、何匹かが勝手に逃げ出して、数を減らしていた。

ロンの死体は機動隊員によって回収された。小猿はそのままだ。機動隊は、一旦センターのゲートから離れて、町猿達が木の葉の陰に見え隠れしている公園から手をつける様子だった。

町猿の中から抜け出した一匹が、その機動隊を避けて大きく迂回し、センターのゲートに辿り着く。言うまでもない。ロンの言葉を長老リオに伝える為だ。

リオはその言葉を聞くと、即座にロンの意思を理解した・・・

「リオ様は町猿達にすぐに退却するよう言い、それから私を呼んで、ケンタさんにもすぐに知らせるように言われたのです」

ダーマはそう言って言葉を切った。



ロン博士が

猿は人間を殺してないのに

しかも小猿を嬲り殺しにするなんて

僕がこんな事始めなきゃ、ロン博士は

人間って、人間って・・・



「・・・なんで・・・」



いくつもの思いが錯綜して、ケンタはようやくそれだけ口にした。そして意を決したように表情を引き締め、ステージから飛び降りた。

逃げる方向ではない。ケンタの顔を向けた先に、機動隊の突入してくるのが見えた。

後ろからギンジも飛び降りてきて、ケンタの肩を掴んで叫ぶ。

「馬鹿野郎!長老が逃げろって言ってんのに、どこに行く気だ!」

「僕のせいだ。僕が。僕が、アイツらをやっつけなきゃ」

その時、ゲートの方から一際甲高い猿の鳴き声が響き渡った。

撤退を知らせる、リオの鳴き声だった。

女性客を襲っていた牡猿達が何事かと顔を上げ、男性客にしがみ付いていた雌猿達も、水を浴びせられたようにハッとして動きを止める。

一瞬の間の後、猿達は一斉に逃げ出した。その様は、ステージの方から見ると、まるで蝗の大群が移動を開始するようだった。

「ああぁん、いやぁあ」

男根を引き抜かれて琴美が泣き声を上げる。

当然ステージ上で琴美を弄んでいた猿達も逃げ始めていた。だが琴美は相変わらずまだ、一度もイカしてもらえてないのだ。短いスパンで断続的に激しく責められ、浅い絶頂は何度も極めさせられるものの、そんなのはよけいに飢餓を煽られるばかりだった。

「あぁん、おねあいぃ・・・もうちょっとらのぉ〜・・ここ、ここ、ここに、あ、あんっ、だ、だれかあ、つっこんれ〜、か、か、かきまわしてへぇぇ・・・あふ・・あ、くぅ」

腰を突き出し、自らクリトリスをムチャクチャに弄り回して、壊れた声ではしたなくおねだりする。

「ど、どうしたんだ、一体・・・」

琴美が猿に陵辱されるのを舞台袖で齧り付くようにして観ていたギャラリーの男達は、突然の猿達の異変に顔を見合わせていた。もとより、猿の精液でベトベトにされた琴美を、今更犯そうという気は既にない。というよりも、既に興味すら失せたように、視線は琴美から外れ、猿達の引いていく方向に向かった。

四方八方に散って木を伝い、壁をよじ登り、あらゆる手がかり足がかりを使って外に逃げ出そうとする猿達。黒い一団となって固まりながら猿を追い散らす機動隊。後には、琴美と同じように猿の精液を塗り重ねられた女性客達がそこかしこに倒れて、虫の息で淫情を垂れ流していた。むろんそこには、みるも無残な姿の男性客の姿もあったわけだが、あまりにも無残で汚らしいので、あんまりここに詳しく描写する気にはなれない。

それらの全ての流れに逆らって、たった一匹の猿が機動隊に向かっていくのが目立って見えた。両手に猿除け棒をぶん回し、ジャンプして機動隊員達のヘルメットを飛び石にして、鬼神の如く暴れ回る。

長老リオであった。

老いたるとはいえ、さすがにいくつもの群れを一手に束ねる山猿の長である、そこらの年寄り猿とは一味違うわけだ。否、だいぶ違う。インド人なら伝説の白猿ハヌマンを思い浮かべたかも知れない。日本人達は孫悟空を思い浮かべた。機動隊が作る黒い人海の中に、潜り込んでは足を挫き、また再び人の頭の上に飛び乗ってはカンカンと手当しだいに殴って回る。

しかし生き物であれば、いずれ限界がくるはずだ。

ケンタは、リオの孤軍奮闘するゲートの方に向かって駆け出そうとした。その一瞬早く、ダーマがそのケンタの行く手に回り込む。

「何するんだ!」

「あなたこそ、何をするつもりなんです?」

「リオさんを加勢しに行くのに、決まっているじゃないか」

「お止め下さい!リオ様は群れを逃がすためにやってるんです。あなたはそれを台無しにするつもりですか!」

「群れを逃がすんなら、よけいに二匹で闘った方がいいじゃないか!」

「それよりもあなたには、してもらわなくちゃいけない事があります。リオ様との約束、よもやお忘れになったわけではありますまい」

言われて、ケンタの脳裏に不意に、昨夜の長老の言葉が浮かんだ。

昨夜、作戦の打ち合わせで猿舎を抜け出し、山猿集会場のある穴交町西方の栗剥山(クリムキヤマ)に登った時だ。

「万が一失敗したら、その時は責任をとってもらうぞ」とケンタは長老に言われた。

どう責任とるのか、などはその時、特に話もしなかったが、そんな事は失敗した時に話をすればいいと、漠然と思っていた。

「今はそんな事言ってる場合じゃないだろう!」

「リオ様は、あなたが長老となって、私達を導いていってくれると言われました」

「!」

ケンタはその瞬間、長老の覚悟の深さと、自分が長老に言った「新しい事」の途方もなさを思い知った。

それは単に、新しい時代の到来を示すばかりではなく、長老やロンのように、自分の命を引き換えにする事でもあったのだ。

今こうなったからには、ケンタとて自分の命が惜しいとは思わない。だが、自分が長老となって百匹以上いる猿を率いていく、と考えると、その重責は、まさしく「責任をとる」という言葉にふさわしく、死に勝る恐怖を覚えるものだった。

自分の判断一つで、まかり間違えれば、何匹もの仲間が死んでいくのである。恐ろしくて仕方がない。

「ケンタ、いけ!長老は俺が助けに行く」

ギンジはそう叫んで一旦ステージに駆け上がると、琴美の腕を持って引き摺り起こした。

「あふ・・・あ?な、なに?」

猿の手に触られただけで勘違いして気分を出した琴美だったが、ムリヤリ立ち上げさせられて、わずかに意識を取り戻す。だがその、わずかばかりの意識も、ギンジの次の行動で儚く消し飛んだ。

「ああ、こ、これって・・・あはぁああ゛あ゛あ゛ん゛!ま、またあ、あはぁ、あはぁ、は、入って、くりゅぅ〜」

右脚を持ち上げられ、男根に貫かれながらギンジの腰に巻き付けさせられる。ついで左脚も持ち上げられて尻を抱えられると、駅弁ファックの体勢になった。

「そ、それは一体・・・」

「へっへっへ。女体鎧よ。人間様の女を抱っこしながらだったら、いくら奴らでもうかつには攻撃できまいぜ」

「ああ、あ゛あ゛っ、い、ぎぃぃ」

どん、どん、どんっ、と歩く度に、子宮を突き上げられ、琴美が顔を仰け反らせ喘ぎ声を放つ。そして、ギンジがステージからひょいと飛び上がってドンと地面に足をつくと

「ぐ・・・・ひっ・・・!!」

歯を食いしばって目を剥き出しにし、涙と涎と淫汁をダラダラ拭き零しながら激しく痙攣し出した。あまりの衝撃で声も出せないようだ。

「あれ?イッちゃった?」

「おおぅ。締め付ける締め付ける」

「なるほど。」と相変わらず小猿とは思えないような落ち着いた物言いでダーマが頷く。

「確かにこれなら、捕まって引っ剥がされない限り、安全かも知れませんね」

「捕まるかよ。このくらいの体重なら軽いもんだ。それに、ほれ、女の方からしがみ付いてきてるから、そう簡単には引っ剥がされねえぜ」

見れば、琴美はギンジの腰に回した両脚をしっかり絡みつかせて、快感を貪るように必死になって腰を蠢かせていた。

「んふっ・・・んん゛、んっ、んん!・・・ふっ、はぁ、はぁ・・んっ、くぅうん、ん、ん゛っ」

脚をギュッと引き締め、ビクビクと痙攣しては動きを止め、またすぐに再開する。一回の絶頂では全然足りないようだ。

「とにかく、長老は必ず俺が連れて帰ってきてやる。お前は逃げろ。お前が俺達猿の運命を握ってるんだからな。お前を死なせてしまったら、俺達は次の世代の奴らに申し訳がたたねえんだよ」

「・・・わかった。リオさんを、頼む」

ケンタは俯いて頭を下げた。こんな気持ちで相手に物を頼む事があるなんて、今まで思いもよらなかった。目を合わせる事も出来ない。

「さあ、ケンタさん。こちらへ」

言うが早いか、ダーマは後ろも見ずに駆け出した。西の猿舎の建ってる方角だ。その向こうには栗剥山(クリムキヤ)がある。

ケンタはその後を追うのに、躊躇する暇さえ与えられなかった。



猿舎の雨樋を伝って屋根に駆け上る。そこから、壁に下りて壁向こうに降り立つ。

路地裏を駆け抜け、民家の庭を駆け抜け、行き交う車の間を縫って二車線道路を横切る。

先を行くダーマは一度も振り返らなかった。まるで、ケンタがついてこようがついてこまいがどうでもいいと思っているかのようだ。もちろん、だからといってケンタにとってスピード速過ぎるとか、そういう事はない。むしろケンタにとっては、誰とも喋らずに走り続けられるのが、ありがたかった。

山に入る麓の砕石場で、ダーマはようやく立ち止まった。後から追いついてきたケンタの方を振り向く。

「・・・・・・」

ダーマの方を見ようともせず、巨大な石の傍らを通り過ぎようとするケンタを、ダーマは黙って見詰めた。

ケンタがポツリと呟く。

「・・・それでも僕達は彼らと共生していかなくちゃいけないんだろうか」

ダーマが視線を落とす。そして再び走り出した。

後は山頂近い山猿の集会場まで、木々の間を縫って駆け上っていくだけだ。



◆ ◆ ◆


集会場には既に逃げ延びた山猿達が集まっていた。一匹一匹は何気ない顔をしているが、どことなく不安げな雰囲気がみんなの上に漂っている。

中でももっとも暗い雰囲気を漂わせていたのは、奥の議事場に使っている一角だった。そこでは、各群れの長が集まって今後の事をボソボソと話し合っていた。その長達に、ダーマが行ってリオの言葉を伝える。

何匹かの猿は、ケンタを不審な目で見た。

「お前のせいで、長老は戻らぬ猿となってしまった。ロンや小猿まで殺された。人間様はワシらを許すまい。全てお前のせいだ。そのお前を長老として認めろだと?ふざけるな!」

それは、ケンタ自身がここに至る間に、何度も自分にぶつけた言葉だった。だが、同じ言葉でも、自分以外の猿に言われるのは、やはり痛い。

「リオ様の言伝です」

ダーマがそれらの感情を切り捨てるように言う。

「では、ワシらの平和な生活を返してくれ。平等ではなくとも、人間様と仲良く共存出来ていた昨日までの生活を返してくれ」

「何をバカな。小猿のような事を・・・」

言いかけるダーマを置いて、ケンタは背中を見せて来た道を辿り始めていた。



当然だ。

当然の事だ。



胸の中で何度も呟く。

何度も何度も。

ナイフで自分自身を滅多切りにするように。

ズキズキと胸が痛んだ。だが、その痛みが、今のケンタには必要なのだ。

猿と人間の平等。その考え自体を、ケンタは間違っているとは今でも思ってはいなかった。

だが・・・

現実と理想の溝はあまりに深い。

ケンタの頭は神様に問いたい事でいっぱいだった。

何が間違ってこんな事になってしまったのか。

僕はただ、真理に気付いて、それをみんなに教えたかっただけなのに

真理を語るという事は、一体どんな大罪にあたるのだろう。

後から、ダーマが追いついてきてケンタに言った。

「ケンタさん。どうやら、まず彼らを納得させる必要があるようです。こちらに」

ダーマが再び走り出す。

ケンタは一瞬、躊躇した。だが、彼らを納得させる事が出来るのであれば、自分をも納得させてくれるのではないか。そう思ってケンタは、結局、ダーマの後を追った。



ダーマが案内したのは、一本の老樹の根元であった。獣道すらないその周辺は木々に覆われて目立たない場所だったが、その老樹の太さは他を圧するほどのもので、相当の歳を経てきている事が伺える。

「ここで少し待っててください」

そう言ってダーマは、老樹の根の内側に身を潜らせた。のたうつように大地から突き出した根っこの、その節くれだった幹の内側に、目を凝らしてよく見ると、小猿がようやく通れるほどの小さな穴があるようだった。

しばらくしてその穴からダーマが出てくる。手に、泥水の入ったビニール袋を提げていた。

「これはこの神木の樹液です。もう残り少ないので、泥と混じってしまってますが。リオ様はこれを身体の毛に塗っていかれました」

「これを塗って・・・?」

ダーマの真意を測りかねて、ケンタが聞き返す。

「この樹液を塗ると、毛が強くなって、ちょっとやそっと殴られても傷付かなくなるのです」

ケンタは大きく目を見開いた。真っ先に思ったのは、これがあれば、センターに戻って人間達に復讐できる、という事であった。知恵は発達していても、彼らの文化には科学的とか迷信とかいう区別はまだない。ダーマの言う事を疑う根拠は、ケンタにはなかった。

それに、もしかしたら今から急げば、リオさんを助ける事も出来るかも知れない。いや、この神木の樹液を塗っているなら、きっとまだ無事のはずだ。それにギンジだって。ギンジはそう簡単にやられない。そうだ。山猿達がみんな逃げたのを確認して、もうリオさん達も逃げてるかも知れないじゃないか。

急に光明が見え出したように思えた。

「その樹液、もらえるかい?」

「ええ、もちろんそのつもりでご案内したのです。ですが、この樹液は水で洗い落とす事が出来ませんから、それなりの覚悟はしていただかねばなりません」

表情の読めぬ眼でじっとケンタの目を見据える。

「むろん。どんなリスクでも負うつもりだ。僕は責任をとらなくちゃいけないんだから」



◆ ◆ ◆


数分後、一匹の泥だらけの猿が山を駆け下りていた。毛をガビガビにするその泥は、上から漆を被ったように光沢を放ち、光の当たり具合によっては金属めいても見えた。

言うまでもなく、それはケンタだった。だが、ケンタを知る者は、それがケンタだとは、すぐにはわからないだろう。泥だらけだからというだけではない。憎しみを蔵したケンタの表情は、どことは言えず、暗いものを宿していた。

山の麓の砕石場まできて、フと立ち止まる。

プレハブ小屋の入り口付近に、鉄の槌を立てかけてあるのが見えた。杭を打ち込む時などに使う、大きな金槌のような道具だ。

手にしてブンッと振り回してみる。

重さがいい感じだ。

ケンタはその鉄槌を肩に担いで、再び走り始めた。

さっきは、ほとんど西に一直線で来たが、今度は道路沿いに、北の方を迂回して、けっこう町猿軍団センターを目指す。道路沿いとはいっても、まるっきり道路に出っ放しでは遠回りになり過ぎるので、かなりの部分、やはり民家の庭や屋根を渡っていくのだが、目の端には常に、人間の作った「道路」があった。

途中、救急車が赤い光りと音をクルクル回転させながら、病院に入って行くのと擦れ違った。

その救急車はセンターの方角から来たものだった。

奇妙な緊張感を掻き立てられ、不吉な予感に駆られる。



◆ ◆ ◆


センター周辺は、やじ馬と報道関係者の車がつめかけ、ケンタ達が抜け出した時よりも更に騒がしくなっていた。

人の声。車の音。甲高い音は警官のホイッスルの音だろうか。人ゴミが凄い。警察が縄を張って、その人ゴミの雪崩れ込んでくるのを、所定のラインで食い止めている。

ゲートの辺りに、既に猿の姿はなかった。いつもは客がチケットを握って出入りするその小さなゲートを、怪我人が担架に乗せられて次々に搬送されていく。

ケンタがその手前のコンビニの屋根を渡ってくる時、ちょうど、機動隊の車と救急車が併走して出てくる所だった。

黒い車が三台。白い車が一台。ケンタには、色の黒いのと白いのという以外、機動隊の車だの救急車だのといった区別はつかなかった。ケンタは、自分の周辺に関わる事は別にして、基本的には町猿ほど、人間社会の仕組みについて詳しくはないのだ。

ただ、その先頭を走る白い車が通り過ぎ、その後ろの黒い車がケンタの目の前を通過する時、その窓に機動隊員の姿が見えた。ケンタの頭がカアッと充血したみたいになる。赤くなって、何も物を考える事が出来なくなって、気が付いた時には空中に飛んでいた。

眼下に迫る、二代目の車。黒い屋根。振り上げた鉄槌に全体重を乗せて、叩き付ける。

ダシャっ!

あまり一般では聞かないような、金属のひしゃげる音とともに、車の屋根に鉄の槌が食い込む。鉄槌の柄に掴まったケンタは走っている車のスピードに引っ張られて、一瞬、旗のようになった。

手がもげるかとも思ったが、ここで手を離したら、復讐する機会もリオを探し出す機会も失われてしまうと思った。

ようやく、やっとの思いで足をその車の黒い天板に付ける。不安定な土台でバランスをとるのはお手の物だ。

鉄槌を天板から抜いて、ピョンピョン飛び上がりながら、力の限りメチャクチャに打ち下ろす。

さっきのような、金属板を貫通するほどの威力はないが、それでも、中に載っている人間を恐怖に陥れるくらい、ベコベコに変形させる事は出来る。

三台の車は相前後して急停車した。鉄槌を振り上げたケンタの身体が、慣性の力で前方に飛ばされる。だが、猿の反射神経でケンタは、咄嗟に鉄槌の重みを利用してクルリと回転し、空中でバランスをとった。前の車を蹴って、その力で再びさっきの車に襲い掛かる。目の前に迫っているのはフロントガラス。その向こうにヘルメットを被った機動隊員達の姿が見える。

ゴッ

保護シートのかかったガラスが割れる、鈍い音。無数にヒビが走って真っ白になった一面に、黒い鉄槌が突き刺さっていた。

それを引き抜いて、ケンタが更に一撃、二撃を食らわす。破片を飛び散らせ、見る見る穴が割り広げられていく。

ケンタはあまりに夢中になってその作業に没頭していたので、その間に、機動隊員達が前後の車のドアからワラワラと出てきているのに気が付かなかった。

大砲を打ち込まれたくらいの大きな穴になった所で、ケンタがスルリと中に進入していく。

だが、車内には既に誰もいない。

三台の車から降りてきた機動隊員達は、ケンタの進入した車を取り囲んだ。前に回った男が、ケンタの開けた穴からケンタの動きを見ながら合図する。左側面のスライド式のドアに立った男がその合図を受けて、一気にドアを開け広げる。

前の方の男から見ると、暗い車内がいきなり外の明かりに曝されたように見えた。ケンタが振り返ると、瞳がその光を反射して二つの白い点に見えた。

狭い車内では大きな鉄槌は不自由だ。側面の機動隊員達が、短い警棒を振り上げ、一斉にケンタを打ち据える。

だが、その手応えの異様さは、彼らの動きを氷結させるものだった。

それは、生き物を殴った感触ではなかった。

岩。もしくは金属。

何人かの脳裏に、先刻の悪夢が甦る。

それはけっこう猿軍団センターでの事。一匹の大柄な猿が単身で襲ってきたのだ。言うまでもなく、リオの事である。

その猿の身体は、やはりこの猿と同様、岩か金属のように硬く、いくら殴っても全く歯がたたなかった。

機動隊が密集した中での事なので銃を発砲するわけにもいかず、副班長以下数名の者が顔の皮膚を食い破られるなど、深刻な被害を負った。一人が突き出した警棒が、その猿の顔を偶然突かなければ、捕獲する事は不可能だっただろう。

「じゅ、銃だ!」

恐怖に駆られた一人の機動隊員が、慌てて横スライドするドアを閉める。

その窓ガラスが、内側から鉄槌で突かれ、分厚く蜘蛛の巣を張ったように白くなった。

銃を撃つには、本部からの発砲許可というものがいる。今回はそれが出ていない。ロンを殺したのは、副班長の独断だった。だが、自分の命が危ないかも知れないというのに、始末書の百枚や二百枚が何だというのだろう。

大きな穴の開いたフロントガラス側にいた男は、迷わず腰のホルスターから銃を抜いた。

幸いこの状況であれば、他の人間に流れ弾が当たるという危険性はない。何しろ的は車の中だ。

ドンッ!!

町中に、銃声が響いた。手応えはあった。だが

ドンッ!!ドンッ!!

男は更に二発の銃弾を打ち込み、念を入れた。

それほどまでに、彼はその猿、ケンタが恐ろしかったのだ。

緊迫した空気の中を、硝煙が漂う。中の様子を伺って、男達が耳をそばだてる。

ぎゃあっ、という、呪いのこもった悲鳴と共に、凶悪な気配が、車体を揺さぶる凄まじい勢いで前方に移動してきた。

ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!

銃を構えていた男は、ほとんど生存本能からくる反射反応だけで引き金を引いていた。

その銃声が止んだのは、ケンタの鉄槌がその機動隊員の顔を直撃したからだ。

めしゃ

「がぴっ!」

肉と骨が一緒くたになって潰れる。

鉄槌が引っ込むのと、ケンタが飛び出してくるのがほとんど入れ替わりだった。

倒れようとする男の肩を蹴って、隣の男の頭に飛び移る。ヘルメットごと足のひらで掴み、少しばかり反動をつけてひねってやると

ごきっ

「ぐめっ」

いとも簡単に首の骨が折れた。

更に飛び上がり、鉄槌を振り回しながら、男達の頭上めがけて落下していく。

「ごひっ」

「きゅぶ!」

顔が、頭が、肩が、ほとんど無抵抗の内に鉄槌に叩き潰されていった。

警棒など、何の役にもたたなかった。警棒を振り上げれば、振り上げたその腕が叩き折られるのだ。

ジュラルミンの盾を持っているものはまだマシだったかも知れない。彼らは、ケンタに襲われた車輌とは違う車輌に載っていた機動隊員達だった。だからジュラルミンの盾を持ち出せたのだ。だが、攻撃が頭上から来ると思っていたのが、ケンタが地面にゴロゴロ転がって、鉄槌を横薙ぎに払うと、彼らの膝はことごとく叩き壊された。

数分とたたぬ内に、そこらに立っている人間はいなくなった。ほとんどの者はアスファルトに転がって痛みにのたうち、呻き声を上げており、残りの者は、アスファルトに転がって動かなくなっていた。

三台の車の中をくまなく調べる。だが、リオもギンジもそこにはいなかった。ケンタは、先頭の車の前に立って、車が向いてる方向の先に視線をやった。

もう一台、白い車があったはずだ。

だが、今はない。どこにいった?

おそらく、この三台の黒いのが急停車した時、白いのだけが停まらないでそのまま走り去っていったのだ。

先にも書いた通り、ケンタは黒いのが何で、白いのが何だ、という区別をつけてはいなかった。黒いのも白いのも、どちらも人間の車で、つまり人間の仲間なのだ。それくらいの認識しかない。

ケンタには、黒い車が犠牲になって、白い車を逃がしたように見えた。



リオさん達は、もしかしたらあの白い車に乗せられていたんじゃないだろうか。



ケンタはフと、そう思った。

今からセンターに戻っても、もう、リオもギンジもいないだろう。

だが、無事に山に戻ってきているという気もしない。

・・・

きっと、リオ達はあの白い車に乗せられていたに違いない。そう確信する。

ここにくるまでの道のりで見た光景が、ケンタの記憶のスクリーンに映し出された。

あの白い車、確か・・・

ケンタは、鉄槌を担いで病院に向かった。



◆ ◆ ◆


一旦目的地を決めたら、民家だろうがビルだろうが、屋根から屋根を伝ってほとんど直線距離で駆け抜けるのが猿の移動だ。

ものの数分で、ケンタは病院に辿りついた。あの白い車───救急車の入っていった救急入り口に駆け込んでいく。

ガラスを張ったドアなど、いちいち開けたりしない。手にした鉄槌を振りかぶって叩き割る。

「わー」とか「きゃー」とかいう、さまざまな周波数の悲鳴が飛び交い、物が壊れる音やひっくり返る音が鳴り響いた。

テレビのニュースで、けっこう猿軍団センターの事件が報じられている、その真っ最中だった。

泥だらけの猿。しかも、血に汚れた鉄槌を担ぎ、身体にも返り血らしいものを浴びている。

「誰か捕まえろ!」とか「病院は何をやってるんだ!」という、怒号に近い悲鳴もあっちこっちで起こっていたが、誰も、ケンタが近付いてくると、逃げるしか出来なかった。

否、近付いてこなくとも、ロビーにいた患者等、外に逃げ出す事が出来る者は、既に片っ端から外に逃げ出していた。

しかし病院のスタッフともなると、なかなかそういうわけにはいかない。

動けない患者もいるのだ。逃げ惑いながらも、上司の指示を仰ごうと、内線電話の受話器をとる者がいる一方で、ある者は詰め所に向かってダッシュしたりしていた。かと思えば、中には患者と一緒になって、我先にと外に逃げ出した医者や看護師も、何人かチラホラいる。

緊急避難のベルが鳴り響いた。遠くから、パトカーのサイレントの音が近付いてくる。

もっとも、ケンタにしてみれば、あの黒い服を着た男達・・・機動隊以外の人間までをも殺すは気はなかった。

復讐は既に終わったのだ。人間達は、自分を恐れている様子で、手出し一つしてこない。後は、リオやギンジを探し出すだけだ。

ケンタは扉という扉をいちいち鉄槌で叩き破り、中に進入してはリオやギンジがいないかと、ちょろちょろ落ち着きのない動きで飛び回り、机の上に載っているカルテや注射器の入ったトレイなどを片っ端からひっくり返して出て行った。

だが、所詮は猿だからか、物事をシステマティックに端から満遍なく潰していく、という知恵は働かないようだ。もしかしたらロンならば、そういう知恵を働かせたりもするのかも知れないが、ケンタはその点、まさしく猿だった。行き当たりばったりで、まだ1階も見ていない所がたくさんあるのに、通りがかった所に階段があると、何の躊躇もなく昇っていく。

2階。

既にこの階は人がみんな逃げ出して、誰もいなかった。

5階建てのこの総合病院は、1階と2階が診察や治療の階で、3階以上が入院患者の病棟になっている。

2階も、いくつもの部屋があり、たくさんの扉があった。

それをいちいちぶっ壊して家捜しする。

入院患者の病棟からは、看護師や医者に付き添われて、動ける者から患者が避難させられていた。動けない者は人手がかかるから、出来るだけ沢山の患者を助け出そうとすると、どうしても後回しになってしまうのだ。

そうしている間に、ケンタが、2階に昇ってきたのと反対側の階段に行き当たる。そしてそれも躊躇なく昇っていく。

殺人猿がついに入院病棟にまで侵入してきた、という知らせが、戦慄とともに院内全員に伝えられた。

駆けつけた警察が、後の患者の搬出は警察に任せるよう、病院側に通達する。

ケンタの使ってない方の階段を選んで、医師や看護師達は、雪崩を打って逃げ降りてきた。患者を助けながらも、怖くて仕方がなかったのだ。

早速先発隊となる警官の一団が、病院に侵入していく。その一方で、病院側の話を聞きながら、警察の救出計画が立てられた。

3階、4階は既に全員避難済みだった。問題は5階だ。殺人猿が上がってくるとしても、一番最後だからという事で、それこそ「後回し」にされたのだ。担当医師と担当の看護師達で、何とか身体を動かせる人だけは避難させたが、ベッドで寝たきりの老人や、身体を触れられると奇声を発して暴れる子などは、避難させる事が出来なかった。

そうこうしている内に、先発して病院に入った警官隊から、ケンタが早くも5階に達したという連絡が届く。

思いの他ケンタの移動が速い為、「件の殺人猿が来ない内に」という計画はあっさり不可能になってしまった。

5階に上がった警官隊の目の前で、ケンタが一つの病室に入っていく。

警官隊は殺人猿を目の前にしていながら、手を出す事が出来なかった。なにしろ、機動隊員を皆殺しにした猿なのだ。それに、彼らの役目は、取り残された患者を連れ出す事であって、殺人猿を退治する事ではない。

その部屋に入っていったケンタは、少しびっくりしていた。

1階を除いて、今まではどの部屋に入っても誰もいなかったのに、その部屋には人がいたからだ。予想されていた事なのに、予想外だった。

それはまだ幼い少女だった。ベッドから身体を起こして、壁をじっと見詰めている。

近寄って、更にびっくりする。それはケンタの知っている顔だった。

泉川未結。ギンジと一緒に、道端で犯した少女だ。

ひどく懐かしい感じがした。一度は身体を重ねた関係だ。ケンタは、気安い気持ちで未結の腕に触れた。これはアイブザルの言葉で、親愛の気持ちを表す。人間の言葉に訳せば「よお、元気?」といったくらいのニュアンスか。

ところがそれが、未結の中の何かに触れてしまった。

喉が潰れるかと思うような甲高い悲鳴。手を振り、頭を抱え、身体を縮こまらせて、激しい拒絶を示す。あまりにも暴れるので、ベッドから転げ落ちてしまった。床に頭をぶつけて、ゴッ、という鈍い音をたてて、かなり痛いはずなのに、それでも少女は悲鳴を上げるのを止めようとはしない。

まるで、悲鳴を上げる事で、外界からの全ての刺激をシャットアウトしているかのようだった。



これはなんだろう。



信じられない思いがケンタの心を占める。

これは一体、なんなんだ。

アイブザルの交尾は、基本的にレイプだ。雌の同意する和姦ももちろんあるが、たとえ雌が嫌がっていても、ガンガン犯すのがアイブザルの流儀なのだ。その代わり、愛撫を駆使して気持ち良くするし、交尾の後は、肌を触れ合わせた仲として、親密になったりもする。交尾で、雌を感じさせれば感じさせるほど、その後の雌の対応は、親密なものになるのが普通なのだった。

人間の女も、同じだと。

同じなのだと、ケンタは思っていた。

同じだと。

なぜ?

世界が、ぐにゃっと歪む。



◆ ◆ ◆


その時、彼の胸に去来した思い、絶叫でしか表現しようのない言葉を、私・竹本はここに翻訳する事が出来ない。従って、ここからは私の言葉で、私の見たままを書き記したいと思う。

私は、危険だと言われた殺人猿・ケンタの後を追って、5階の廊下まで来ていた。私にはケンタが一般民間人を殺す気がない事が始めっからわかっていたので、全く危険を感じなかったのだ。

扉の隙間から覗くと、泉川未結が、ケンタに触られて、恐ろしい声を上げ、暴れているのが見えた。

彼女は以前に、ケンタ達猿にかわるがわる犯され続け、数時間に及ぶ陵辱を受けて精神に異常をきたしてしまったのだ。

幼い少女がそのような目に合って心を壊してしまった姿は、あまりに無残だ。

ケンタは、自分がした行為の意味を突然突きつけられ、呆然としているようだった。

それから、翻訳不能の、私も始めて聞く鳴き声を一声上げると、───おそらくこれが、アイブザルの絶叫なのだろう───ガラス窓に頭からぶつかっていった。ガラスが割れる。破片が、ケンタの上に降りかかる。ケンタはそれを気にもとめず、一旦引いて、再度、窓の外に向かって飛び出していた。

「あ。」

水彩画のように薄く青を刷いた空に、ケンタの身体が飲み込まれていく。




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