雑談の広場:コメント投稿
[ 1237 ]
Re:落日4-3-2
[ 名前:
maxi
]
[ 日付:
2010年11月12日(金) 02時57分
]
二日ぶりの愛犬との散歩に出掛けた彩子は、いつもの公園で昼食のサンドイッチを頬張りながら一休みしていた。
木陰に集まっている奥様連中がしきりに山の方角に目をやり、何やら囁き合っているのが気にはなったが、
知り合いの姿がなかったのでその輪の中に入って何を話題にしているのかを確かめることはできなかった。
そして、傍らの牡犬が同じように山の方角を気にしていることにも気付いていなかった。
軽めの昼食を終え、彩子とジョンは散歩を再開する。草いきれの河原へ突き当たったところで、
いつもは川下へと向かう分岐点をジョンは川上へと歩き出した。そのまま進めば、公園の奥様連中が気にしていた山の方へと続いている。
散歩コースから多少離れたその山で気になる場所といえば麓にある廃ホテルぐらいだと考えながら、飼い犬に続いて彩子も蝉時雨の砂利道を歩き出した。
いつもの散歩コースとは違い、木陰の小径を抜けると、民家もまばらな山あいの田園風景が広がっていた。
蝉の声に蛙たちの声が混じっている。突如広がったのどかな田園風景を見回しながら歩き続け、彩子は陽炎のゆらめく車道に行き当たった。
「ここは……、旧道だったかしら……。それにしても、小径を一本抜けただけでがらりと印象が変わるものなのね……」
田を貫くように走っているこの舗装道路は、川下に新しい橋が架かるまでは隣の市へと抜ける裏道として多数の車が行き交っていた。
だが、今では車の姿もなく閑散としている。女主人の呟きを気にもせず、ジョンは焼け石のようなアスファルトを避けて、あぜ道を旧道に沿って歩き出した。
「ふふっ、小学校のときの遠足を思い出しちゃった」
ピクニック気分の彩子は鼻歌を歌いながら、飼い犬に導かれるままに歩いていく。
やがて旧道は森を迂回するように大きくカーブし、二人の前に、旧道の衰退とともに客足が遠のき、十数年前に営業を停止したホテルが姿を現した。
「なんだか、お化けでも出てきそうな感じね……」
赤錆びた門扉の向こうに、廃墟と化したホテルが鬱蒼とした森に囲まれてひっそりと立っていた。
灰色にくすんだ外壁はところどころがひび割れ、不気味なツタが這っている。割れた窓は、彩子を見下ろす虚ろに落ち窪んだ眼窩のようだった。
そして、雷の音とともに空がにわかに黒雲に覆い尽くされ、大粒の雨が降り出した。
「やだっ、夕立……。あっ、待ってジョン!」
突然の夕立とともにジョンはホテル跡に向けて駆け出し、彩子も引っ張られるように目の前の廃墟へと向かうことになった。
「どうやら、雨を凌ぐことはできそうね……」
門扉の隙間から敷地内に忍び込み、扉の外れた非常口から建物内に入り込んだ彩子は、廊下の壁一面に描かれた卑猥な落書きを見回しながら呟いた。
水色のサマードレスは雨を吸って躰に張り付き、紺色のブラジャーとパンティが透けて見えている。濡れた躰と幽霊でも出てきそうな雰囲気に彩子は身震いした。
毛皮に付いた水滴を振り払ったジョンは、臆することなく廃墟の奥へ行こうとする。
ドレスの裾を絞りながら非常口で立ち止まっていた彩子も、飼い犬に引き摺られるようにして、薄暗い廊下へと足を踏み入れて行かざるを得なかった。
「ま、待ってよ、ジョン……」
女主人の制止に耳も傾けることなく、ジョンは薄暗い廊下を進み続け、やがて広い空間に出たところで立ち止まった。
そこはロビーだった場所で、表玄関の天井まで届く大きなガラスに黒雲から落ちてくる雨粒が叩きつけられているのが見えていなければ、
外がどしゃ降りの大雨であることを忘れるほど、辺りは静けさに包まれていた。
「ねぇ、ジョン、戻りましょうよ……」
そこかしこに散乱しているビールの缶やスナック菓子の袋、どこからともなく漂ってくる犬猫の糞尿と思しき悪臭に顔をしかめ、彩子は来た道を戻ろうと振り返った。
「――!」
二頭の野良犬が廊下を塞ぐように立ちはだかっていた。ぎらつく眼で睨まれ、彩子は息を呑んで後退る。背後から上がった低い唸り声に振り向き、
そこにも爛々と輝く眼を見て、野犬たちに囲まれたことを怯える女主人は悟った。
「ジョン、逃げましょう……」
半開きの口元から涎を垂らす野良犬たちを刺激しないように、彩子は小声で傍らに佇んでいる飼い犬に声を掛け、ちらりとその様子を窺った。
「ジョン、早く逃げ……」
自分を護ってくれる筈の飼い犬が、周りの野犬たちと同じ狂気を孕んだ、鈍い光を放つ眼で見上げていた。恐怖に血の気が引いていく。
「うそ……。どうして……。いやっ、助けて……」
半狂乱になった彩子はリードを投げ捨て、駆け出そうとした。その腰にジョンが跳び付く。飼い犬によって、
埃臭いカーペットに女主人は押し倒された。
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> 二日ぶりの愛犬との散歩に出掛けた彩子は、いつもの公園で昼食のサンドイッチを頬張りながら一休みしていた。 > 木陰に集まっている奥様連中がしきりに山の方角に目をやり、何やら囁き合っているのが気にはなったが、 > 知り合いの姿がなかったのでその輪の中に入って何を話題にしているのかを確かめることはできなかった。 > そして、傍らの牡犬が同じように山の方角を気にしていることにも気付いていなかった。 > 軽めの昼食を終え、彩子とジョンは散歩を再開する。草いきれの河原へ突き当たったところで、 > いつもは川下へと向かう分岐点をジョンは川上へと歩き出した。そのまま進めば、公園の奥様連中が気にしていた山の方へと続いている。 > 散歩コースから多少離れたその山で気になる場所といえば麓にある廃ホテルぐらいだと考えながら、飼い犬に続いて彩子も蝉時雨の砂利道を歩き出した。 > いつもの散歩コースとは違い、木陰の小径を抜けると、民家もまばらな山あいの田園風景が広がっていた。 > 蝉の声に蛙たちの声が混じっている。突如広がったのどかな田園風景を見回しながら歩き続け、彩子は陽炎のゆらめく車道に行き当たった。 > 「ここは……、旧道だったかしら……。それにしても、小径を一本抜けただけでがらりと印象が変わるものなのね……」 > 田を貫くように走っているこの舗装道路は、川下に新しい橋が架かるまでは隣の市へと抜ける裏道として多数の車が行き交っていた。 > だが、今では車の姿もなく閑散としている。女主人の呟きを気にもせず、ジョンは焼け石のようなアスファルトを避けて、あぜ道を旧道に沿って歩き出した。 > 「ふふっ、小学校のときの遠足を思い出しちゃった」 > ピクニック気分の彩子は鼻歌を歌いながら、飼い犬に導かれるままに歩いていく。 > やがて旧道は森を迂回するように大きくカーブし、二人の前に、旧道の衰退とともに客足が遠のき、十数年前に営業を停止したホテルが姿を現した。 > 「なんだか、お化けでも出てきそうな感じね……」 > 赤錆びた門扉の向こうに、廃墟と化したホテルが鬱蒼とした森に囲まれてひっそりと立っていた。 > 灰色にくすんだ外壁はところどころがひび割れ、不気味なツタが這っている。割れた窓は、彩子を見下ろす虚ろに落ち窪んだ眼窩のようだった。 > そして、雷の音とともに空がにわかに黒雲に覆い尽くされ、大粒の雨が降り出した。 > 「やだっ、夕立……。あっ、待ってジョン!」 > 突然の夕立とともにジョンはホテル跡に向けて駆け出し、彩子も引っ張られるように目の前の廃墟へと向かうことになった。 > > 「どうやら、雨を凌ぐことはできそうね……」 > 門扉の隙間から敷地内に忍び込み、扉の外れた非常口から建物内に入り込んだ彩子は、廊下の壁一面に描かれた卑猥な落書きを見回しながら呟いた。 > 水色のサマードレスは雨を吸って躰に張り付き、紺色のブラジャーとパンティが透けて見えている。濡れた躰と幽霊でも出てきそうな雰囲気に彩子は身震いした。 > 毛皮に付いた水滴を振り払ったジョンは、臆することなく廃墟の奥へ行こうとする。 > ドレスの裾を絞りながら非常口で立ち止まっていた彩子も、飼い犬に引き摺られるようにして、薄暗い廊下へと足を踏み入れて行かざるを得なかった。 > 「ま、待ってよ、ジョン……」 > 女主人の制止に耳も傾けることなく、ジョンは薄暗い廊下を進み続け、やがて広い空間に出たところで立ち止まった。 > そこはロビーだった場所で、表玄関の天井まで届く大きなガラスに黒雲から落ちてくる雨粒が叩きつけられているのが見えていなければ、 > 外がどしゃ降りの大雨であることを忘れるほど、辺りは静けさに包まれていた。 > 「ねぇ、ジョン、戻りましょうよ……」 > そこかしこに散乱しているビールの缶やスナック菓子の袋、どこからともなく漂ってくる犬猫の糞尿と思しき悪臭に顔をしかめ、彩子は来た道を戻ろうと振り返った。 > 「――!」 > 二頭の野良犬が廊下を塞ぐように立ちはだかっていた。ぎらつく眼で睨まれ、彩子は息を呑んで後退る。背後から上がった低い唸り声に振り向き、 > そこにも爛々と輝く眼を見て、野犬たちに囲まれたことを怯える女主人は悟った。 > 「ジョン、逃げましょう……」 > 半開きの口元から涎を垂らす野良犬たちを刺激しないように、彩子は小声で傍らに佇んでいる飼い犬に声を掛け、ちらりとその様子を窺った。 > 「ジョン、早く逃げ……」 > 自分を護ってくれる筈の飼い犬が、周りの野犬たちと同じ狂気を孕んだ、鈍い光を放つ眼で見上げていた。恐怖に血の気が引いていく。 > 「うそ……。どうして……。いやっ、助けて……」 > 半狂乱になった彩子はリードを投げ捨て、駆け出そうとした。その腰にジョンが跳び付く。飼い犬によって、 > 埃臭いカーペットに女主人は押し倒された。 >
木陰に集まっている奥様連中がしきりに山の方角に目をやり、何やら囁き合っているのが気にはなったが、
知り合いの姿がなかったのでその輪の中に入って何を話題にしているのかを確かめることはできなかった。
そして、傍らの牡犬が同じように山の方角を気にしていることにも気付いていなかった。
軽めの昼食を終え、彩子とジョンは散歩を再開する。草いきれの河原へ突き当たったところで、
いつもは川下へと向かう分岐点をジョンは川上へと歩き出した。そのまま進めば、公園の奥様連中が気にしていた山の方へと続いている。
散歩コースから多少離れたその山で気になる場所といえば麓にある廃ホテルぐらいだと考えながら、飼い犬に続いて彩子も蝉時雨の砂利道を歩き出した。
いつもの散歩コースとは違い、木陰の小径を抜けると、民家もまばらな山あいの田園風景が広がっていた。
蝉の声に蛙たちの声が混じっている。突如広がったのどかな田園風景を見回しながら歩き続け、彩子は陽炎のゆらめく車道に行き当たった。
「ここは……、旧道だったかしら……。それにしても、小径を一本抜けただけでがらりと印象が変わるものなのね……」
田を貫くように走っているこの舗装道路は、川下に新しい橋が架かるまでは隣の市へと抜ける裏道として多数の車が行き交っていた。
だが、今では車の姿もなく閑散としている。女主人の呟きを気にもせず、ジョンは焼け石のようなアスファルトを避けて、あぜ道を旧道に沿って歩き出した。
「ふふっ、小学校のときの遠足を思い出しちゃった」
ピクニック気分の彩子は鼻歌を歌いながら、飼い犬に導かれるままに歩いていく。
やがて旧道は森を迂回するように大きくカーブし、二人の前に、旧道の衰退とともに客足が遠のき、十数年前に営業を停止したホテルが姿を現した。
「なんだか、お化けでも出てきそうな感じね……」
赤錆びた門扉の向こうに、廃墟と化したホテルが鬱蒼とした森に囲まれてひっそりと立っていた。
灰色にくすんだ外壁はところどころがひび割れ、不気味なツタが這っている。割れた窓は、彩子を見下ろす虚ろに落ち窪んだ眼窩のようだった。
そして、雷の音とともに空がにわかに黒雲に覆い尽くされ、大粒の雨が降り出した。
「やだっ、夕立……。あっ、待ってジョン!」
突然の夕立とともにジョンはホテル跡に向けて駆け出し、彩子も引っ張られるように目の前の廃墟へと向かうことになった。
「どうやら、雨を凌ぐことはできそうね……」
門扉の隙間から敷地内に忍び込み、扉の外れた非常口から建物内に入り込んだ彩子は、廊下の壁一面に描かれた卑猥な落書きを見回しながら呟いた。
水色のサマードレスは雨を吸って躰に張り付き、紺色のブラジャーとパンティが透けて見えている。濡れた躰と幽霊でも出てきそうな雰囲気に彩子は身震いした。
毛皮に付いた水滴を振り払ったジョンは、臆することなく廃墟の奥へ行こうとする。
ドレスの裾を絞りながら非常口で立ち止まっていた彩子も、飼い犬に引き摺られるようにして、薄暗い廊下へと足を踏み入れて行かざるを得なかった。
「ま、待ってよ、ジョン……」
女主人の制止に耳も傾けることなく、ジョンは薄暗い廊下を進み続け、やがて広い空間に出たところで立ち止まった。
そこはロビーだった場所で、表玄関の天井まで届く大きなガラスに黒雲から落ちてくる雨粒が叩きつけられているのが見えていなければ、
外がどしゃ降りの大雨であることを忘れるほど、辺りは静けさに包まれていた。
「ねぇ、ジョン、戻りましょうよ……」
そこかしこに散乱しているビールの缶やスナック菓子の袋、どこからともなく漂ってくる犬猫の糞尿と思しき悪臭に顔をしかめ、彩子は来た道を戻ろうと振り返った。
「――!」
二頭の野良犬が廊下を塞ぐように立ちはだかっていた。ぎらつく眼で睨まれ、彩子は息を呑んで後退る。背後から上がった低い唸り声に振り向き、
そこにも爛々と輝く眼を見て、野犬たちに囲まれたことを怯える女主人は悟った。
「ジョン、逃げましょう……」
半開きの口元から涎を垂らす野良犬たちを刺激しないように、彩子は小声で傍らに佇んでいる飼い犬に声を掛け、ちらりとその様子を窺った。
「ジョン、早く逃げ……」
自分を護ってくれる筈の飼い犬が、周りの野犬たちと同じ狂気を孕んだ、鈍い光を放つ眼で見上げていた。恐怖に血の気が引いていく。
「うそ……。どうして……。いやっ、助けて……」
半狂乱になった彩子はリードを投げ捨て、駆け出そうとした。その腰にジョンが跳び付く。飼い犬によって、
埃臭いカーペットに女主人は押し倒された。