雑談の広場:コメント投稿
[ 1183 ]
Re:落日2-1-2
[ 名前:
Maxi
]
[ 日付:
2010年11月12日(金) 02時12分
]
「あら、まだ起きていたの?」
あゆみを寝かしつけて夫婦の寝室へと戻った彩子は、いつもならばすぐにいびきをかいて寝ているはずの夫が、彩子を待っていたことに驚いていた。
拓雄が静かに立ち上がり、ドレッサーに向かっている妻の後ろに立った。
黒い影が背中から彩子に覆い被さる。その瞬間、彩子はジョンに躰を許してしまったときのことを思い出していた。夫の影が自分の躰を穢した飼い犬の姿へと変化していく。
無言のままの拓雄が彩子を背中から抱き締めた。
「イヤァッ!やめてっ!」
パニックに陥った彩子は、悲鳴を上げて身を激しく捩り、夫の抱擁を振り解いた。
妻の突然の拒絶に驚いた拓雄は、すまんと呟き、肩を落として自分のベッドに戻っていった。
「――ごめんなさい。その、アノ日だから少し気が立ってしまって……」
落胆した夫の背中を見た彩子は、自分のしてしまったことの重大さに気付いた。その場を取り繕うために、まだ数日先のはずの生理を言い訳にする。
だが、背中を向けて寝てしまった夫は妻の言葉に何の反応も見せることもなかった。
朝から二人の間に気まずい雰囲気が流れていた。普段通りに振舞おうとしていた二人だったが、目を合わすこともなく、会話も碌に続かない。
突然変わってしまった家の雰囲気に、あゆみは子供ながらに自分がどうにかしなければならないと張り切り、殊更に明るく振る舞っていた。
この子のためにも拓雄が赴任先へと戻る前にちゃんと謝らなければならない。はしゃぎ疲れた娘の寝顔を見て、彩子は決意していた。
「――昨日は本当にごめんなさい。せっかく拓雄さんがその気になってくれたのに、私ったら……」
テレビを見ていた拓雄の隣に座った彩子は、夫の手に自分の手を重ねて言った。手が触れた瞬間に拓雄は躰を固くしたが、すぐに気を取り直してその手を握り返した。
「ああ、あれは彩子のことを考えずにいきなり誘った俺が悪かった。女には女の事情があるからな……」
少し硬い表情のまま、拓雄も自分のほうこそ悪かったと謝った。漸く二人は目を合わせることができた。笑みを浮かべ、彩子は昨晩払いのけてしまった夫の手をさすった。
「ごめんなさい、突然のことでびっくりしただけ……。拓雄さんのことを嫌いになったとかそういうのじゃないから。信じて……」
拓雄の顔を引き寄せ、久しぶりに唇を重ねた彩子は、躰を硬くしている夫の胸にしな垂れ掛かった。
(拓雄さんは何も知らない。大丈夫、ジョンとのことさえ忘れてしまえば、ちゃんと普通の生活を送れるようになれる……)
「――二週間後に。ね?」
二週間後に昨晩の失敗をやり直そうと、彩子は夫に言った。
「ああ、わかってる……」
だが、そう答えた拓雄の声は微かに震えていた。
夫を無事に送り出し、彩子の下に退屈だけれど平和な日常が戻ってきた。
だが、安心しきっていた彩子の心に突如として暗雲が垂れ込めた。順調だった生理が予定から一週間経っても訪れず、倦怠感と乳房の張りがいつも以上に酷かった。
妊娠の兆候なのかもしれない。あと数日、この週末には夫が戻ってくる。彩子は焦っていた。
(どうしよう……。やっぱりジョンの……)
夫とも夫以外の男性とも性交渉などなかったのだから、原因はジョンしか考えられない。
ただの生理不順ならばいいが、万が一ということになれば医者に心当たりを尋ねられたときにどう説明すればいいのだろうか。
犬の子供を妊娠した女性を医者はどんな目で見るのだろうかと彩子は不安になる。
不吉な未来図に彩子はうつむき、服の上から腹部をさすった。
(いけない行為で出来た子供……。あのときと同じ……)
彩子の思考は、家族という仕組みが崩れ去った昏い過去の記憶に引き摺り込まれて行った。
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> 「あら、まだ起きていたの?」 > あゆみを寝かしつけて夫婦の寝室へと戻った彩子は、いつもならばすぐにいびきをかいて寝ているはずの夫が、彩子を待っていたことに驚いていた。 > 拓雄が静かに立ち上がり、ドレッサーに向かっている妻の後ろに立った。 > 黒い影が背中から彩子に覆い被さる。その瞬間、彩子はジョンに躰を許してしまったときのことを思い出していた。夫の影が自分の躰を穢した飼い犬の姿へと変化していく。 > 無言のままの拓雄が彩子を背中から抱き締めた。 > 「イヤァッ!やめてっ!」 > パニックに陥った彩子は、悲鳴を上げて身を激しく捩り、夫の抱擁を振り解いた。 > 妻の突然の拒絶に驚いた拓雄は、すまんと呟き、肩を落として自分のベッドに戻っていった。 > 「――ごめんなさい。その、アノ日だから少し気が立ってしまって……」 > 落胆した夫の背中を見た彩子は、自分のしてしまったことの重大さに気付いた。その場を取り繕うために、まだ数日先のはずの生理を言い訳にする。 > だが、背中を向けて寝てしまった夫は妻の言葉に何の反応も見せることもなかった。 > > 朝から二人の間に気まずい雰囲気が流れていた。普段通りに振舞おうとしていた二人だったが、目を合わすこともなく、会話も碌に続かない。 > 突然変わってしまった家の雰囲気に、あゆみは子供ながらに自分がどうにかしなければならないと張り切り、殊更に明るく振る舞っていた。 > この子のためにも拓雄が赴任先へと戻る前にちゃんと謝らなければならない。はしゃぎ疲れた娘の寝顔を見て、彩子は決意していた。 > > 「――昨日は本当にごめんなさい。せっかく拓雄さんがその気になってくれたのに、私ったら……」 > テレビを見ていた拓雄の隣に座った彩子は、夫の手に自分の手を重ねて言った。手が触れた瞬間に拓雄は躰を固くしたが、すぐに気を取り直してその手を握り返した。 > 「ああ、あれは彩子のことを考えずにいきなり誘った俺が悪かった。女には女の事情があるからな……」 > 少し硬い表情のまま、拓雄も自分のほうこそ悪かったと謝った。漸く二人は目を合わせることができた。笑みを浮かべ、彩子は昨晩払いのけてしまった夫の手をさすった。 > 「ごめんなさい、突然のことでびっくりしただけ……。拓雄さんのことを嫌いになったとかそういうのじゃないから。信じて……」 > 拓雄の顔を引き寄せ、久しぶりに唇を重ねた彩子は、躰を硬くしている夫の胸にしな垂れ掛かった。 > (拓雄さんは何も知らない。大丈夫、ジョンとのことさえ忘れてしまえば、ちゃんと普通の生活を送れるようになれる……) > 「――二週間後に。ね?」 > 二週間後に昨晩の失敗をやり直そうと、彩子は夫に言った。 > 「ああ、わかってる……」 > だが、そう答えた拓雄の声は微かに震えていた。 > > 夫を無事に送り出し、彩子の下に退屈だけれど平和な日常が戻ってきた。 > だが、安心しきっていた彩子の心に突如として暗雲が垂れ込めた。順調だった生理が予定から一週間経っても訪れず、倦怠感と乳房の張りがいつも以上に酷かった。 > 妊娠の兆候なのかもしれない。あと数日、この週末には夫が戻ってくる。彩子は焦っていた。 > (どうしよう……。やっぱりジョンの……) > 夫とも夫以外の男性とも性交渉などなかったのだから、原因はジョンしか考えられない。 > ただの生理不順ならばいいが、万が一ということになれば医者に心当たりを尋ねられたときにどう説明すればいいのだろうか。 > 犬の子供を妊娠した女性を医者はどんな目で見るのだろうかと彩子は不安になる。 > 不吉な未来図に彩子はうつむき、服の上から腹部をさすった。 > (いけない行為で出来た子供……。あのときと同じ……) > 彩子の思考は、家族という仕組みが崩れ去った昏い過去の記憶に引き摺り込まれて行った。 >
あゆみを寝かしつけて夫婦の寝室へと戻った彩子は、いつもならばすぐにいびきをかいて寝ているはずの夫が、彩子を待っていたことに驚いていた。
拓雄が静かに立ち上がり、ドレッサーに向かっている妻の後ろに立った。
黒い影が背中から彩子に覆い被さる。その瞬間、彩子はジョンに躰を許してしまったときのことを思い出していた。夫の影が自分の躰を穢した飼い犬の姿へと変化していく。
無言のままの拓雄が彩子を背中から抱き締めた。
「イヤァッ!やめてっ!」
パニックに陥った彩子は、悲鳴を上げて身を激しく捩り、夫の抱擁を振り解いた。
妻の突然の拒絶に驚いた拓雄は、すまんと呟き、肩を落として自分のベッドに戻っていった。
「――ごめんなさい。その、アノ日だから少し気が立ってしまって……」
落胆した夫の背中を見た彩子は、自分のしてしまったことの重大さに気付いた。その場を取り繕うために、まだ数日先のはずの生理を言い訳にする。
だが、背中を向けて寝てしまった夫は妻の言葉に何の反応も見せることもなかった。
朝から二人の間に気まずい雰囲気が流れていた。普段通りに振舞おうとしていた二人だったが、目を合わすこともなく、会話も碌に続かない。
突然変わってしまった家の雰囲気に、あゆみは子供ながらに自分がどうにかしなければならないと張り切り、殊更に明るく振る舞っていた。
この子のためにも拓雄が赴任先へと戻る前にちゃんと謝らなければならない。はしゃぎ疲れた娘の寝顔を見て、彩子は決意していた。
「――昨日は本当にごめんなさい。せっかく拓雄さんがその気になってくれたのに、私ったら……」
テレビを見ていた拓雄の隣に座った彩子は、夫の手に自分の手を重ねて言った。手が触れた瞬間に拓雄は躰を固くしたが、すぐに気を取り直してその手を握り返した。
「ああ、あれは彩子のことを考えずにいきなり誘った俺が悪かった。女には女の事情があるからな……」
少し硬い表情のまま、拓雄も自分のほうこそ悪かったと謝った。漸く二人は目を合わせることができた。笑みを浮かべ、彩子は昨晩払いのけてしまった夫の手をさすった。
「ごめんなさい、突然のことでびっくりしただけ……。拓雄さんのことを嫌いになったとかそういうのじゃないから。信じて……」
拓雄の顔を引き寄せ、久しぶりに唇を重ねた彩子は、躰を硬くしている夫の胸にしな垂れ掛かった。
(拓雄さんは何も知らない。大丈夫、ジョンとのことさえ忘れてしまえば、ちゃんと普通の生活を送れるようになれる……)
「――二週間後に。ね?」
二週間後に昨晩の失敗をやり直そうと、彩子は夫に言った。
「ああ、わかってる……」
だが、そう答えた拓雄の声は微かに震えていた。
夫を無事に送り出し、彩子の下に退屈だけれど平和な日常が戻ってきた。
だが、安心しきっていた彩子の心に突如として暗雲が垂れ込めた。順調だった生理が予定から一週間経っても訪れず、倦怠感と乳房の張りがいつも以上に酷かった。
妊娠の兆候なのかもしれない。あと数日、この週末には夫が戻ってくる。彩子は焦っていた。
(どうしよう……。やっぱりジョンの……)
夫とも夫以外の男性とも性交渉などなかったのだから、原因はジョンしか考えられない。
ただの生理不順ならばいいが、万が一ということになれば医者に心当たりを尋ねられたときにどう説明すればいいのだろうか。
犬の子供を妊娠した女性を医者はどんな目で見るのだろうかと彩子は不安になる。
不吉な未来図に彩子はうつむき、服の上から腹部をさすった。
(いけない行為で出来た子供……。あのときと同じ……)
彩子の思考は、家族という仕組みが崩れ去った昏い過去の記憶に引き摺り込まれて行った。